家庭・地域・幼稚園

江角マキコさんのブログに思うこと

《2014年9月1日》

 先ごろ、某男性週刊誌の記者から突然電話がかかってきました。用件は「江角マキコさんのブログについて、ほかの週刊誌が記事にしましたが、この件についてコメントをいただきたい」というものでした。

 江角さんが自身のブログに書いた内容が反響を呼んでいるのを皆さんはご存じでしょうか。7月30日付のオフィシャルブログに、「4年以上前にママ友から無視されたり、嫌味を言われたり、さまざまな噂話を流されたりしたけど、我慢して耐えた(要旨)」とお書きになったんですね。それをすぐスポーツ紙や複数の週刊誌、ネットニュースなどが「江角マキコ、いじめられていた?」とか「ママ友側からも反論」などと書きたてました。

 私は江角さんのフォロワーではないので、このブログの詳細は電話を受けたあとにチェックしたのですが、新聞に載っていた週刊誌の発売広告を見ていたので、記事が出ていることは知っていました。なぜ私にコメント依頼がくるのか? それは江角さんは現在小学生ママで、4年以上前となると幼稚園時代のことだからのようでした。

★取材を断ったワケ

Photo  その取材を受けたのかって? 速攻でお断りしました。お断りする理由が一瞬のうちに頭にいくつも浮かんだからです。

その1:江角さん本人にも相手側のママ友さんたちにも事実確認ができない以上、想像で物を言いたくない。

その2:私が(誰かが)コメントすることでこの話題が延々と続くようなことになる事態を避けたい(ストップさせたい)。

その3:男性週刊誌にコメントしても、本当に気持ちを伝えたい相手である、一般のごく普通の真面目なママたちに届くとは思えない。

 これらの理由を記者さんに伝えたところ、「それでも、たとえばブログのマナーなどをママたちに伝えることに意味があるとは思いませんか」と切り返されましたが、「お宅の読者は男性がほとんどじゃありませんか」と聞き返すと、わかってもらえたのでした。

 そんなこともあって、このコラムで一度だけ、私の見解を述べておこうと考えました。

★噂話を流されても、無視しよう

 身に覚えのない噂話を流されたり、「あなたの悪口をAさんが言っていた」とBさんから聞かされたとしても、ベストな対応は「放っておく」です。それが大人の流儀というものです。悔しいかもしれませんが、根も葉もない噂なら、いずれ消滅しますから。

「あなたの悪口を○○さんが言っていた」と報告してくれたBさん本人がAさんを嫌っていて、誇張して伝えたということだって考えられます。Bさんはその気持ちをあなたに共有してもらいたかったのかもしれません。でも、そういうことを言ってくる人はもともと噂好きであることが多いのです。Bさんに「それは事実ではないわ」と答えると、それをまた「○○さんはこう言っていた」と噂されるのが落ちです。

 噂を流した張本人が誰だかわかっている場合、面と向かって文句の一つも言ってやりたいと考える人もいるでしょう。でも、その人が「張本人は私だ」と認めると思います? 悪意があったか軽い気持ちで言ったのかはさておき、文句を言うあなたにきっちり詫びてくれる人は非常に少ないと思います。「私ではない。私も噂で聞いたのだ」と誤魔化して、窮地をしのごうとする人が圧倒的に多いはずです。

 そう言われてしまったら、あとは水掛け論。さらには「あの人ったら、証拠もないのに私が噂のモトだと怒鳴り込んできたのよ」と噂の追い討ちをかけられるかもしれず、いいことは一つもありません。信頼の置ける仲良しママに「事実と違う」と言っておけば十分です。
“言われ損”のようで頭にくるかもしれませんが、あなたが大人の態度を取っていれば、本当の友達は離れていくはずもなく、言い換えれば、本当の友達が残っていくのです。

 実は江角さんも、「静かに耐えていると助けてくれる人ができ、人付き合いがシンプルになりました。いろんな人に自分を正しく知ってもらうなんて、まず無理と悟ると、本当に無理をしないで付き合える新しい友人との、素晴らしい出会いがいくつもありました(要旨)」と同じ日のブログに書いています。この出会いを大切にして、過去のことを超越してしまえば、もっとよかったのになぁと思います。ブログのこの日のタイトルだって、「人は人、自分は自分」だったのですから。

★噂話を耳にしたら、自分のところで止めよう

 噂話は本人のいないところでされるものですから、大抵は悪口ですね。自分のいないところで噂をされたら、誰だっていい気持ちはしません。この感覚を忘れないでいれば、いない人の噂話はしないと決意できませんか?

 自分は決意できたとしても、居合わせた別の人が噂話を始めてしまったら、さりげなく「用事があるから」などとその場から遠ざかるのがスマートです。悪口の場にいたら、「よく知らない人の話だったから同意はしていない」という言い訳は通用しません。よけいなトラブルを避けるためにも、輪から離れましょう。

 そして、聞いてしまった悪口は、他言しないのが鉄則。そのまま忘れてしまうのが一番です。たまたま噂の主が仲良しのママだったからといって、告げ口してはいけません。あなたは「本人が知らないのは気の毒だから」という気持ちであったとしても、相手のママにしてみれば、「仲良しだと思っていたのに、不愉快なことを言ってきた」と幻滅されてしまわないとも限りません。

「あの人は噂話に乗ってこないね」という評判が立ったら、それは勲章。いつの間にか信頼される存在になっていくと思います。

★メディア・リテラシーを持とう

 今回、ネット検索をしていたら、こういう論調の投稿がけっこうありました。いわく「江角マキコは発言力のある有名人なのだから、反論できない一般人を相手にブログで糾弾するのは間違っている」。

 思わず納得してしまいそうですが、実際には“一般人”である相手側のママたちも週刊誌を使って反論しました。反論は文書で提出された形でしたが、ただし、そこにあったのは「保護者有志」という文言。有志は全員のことではありませんから、当時同じ幼稚園に子どもを通わせていて、別の考えを持っているママもいるということです。

 一方で、こんな投稿もありました。いわく「江角マキコの相手は一般人ではなく、某有名人ママという噂も」。

 噂はこうやって広がっていく、の見本のようですね。インターネットを含め、メディアにはさまざまな情報があふれていますが、それをすべて信じるかどうかはあなた次第。この、情報メディアを自分で評価し、識別する力をメディア・リテラシーといいます。情報の真偽を自分なりに見極めるだけでなく、その情報を発信した側の意図を読み取って、取捨選択していく力のことです。

 大手新聞でも誤報を出して「お詫び」を掲載することがあるのですから、情報の真偽を見極めるのは簡単なことではありません。しかし、世の中にあふれている情報をいつもいつも鵜呑みにしてしまうのは危険なこと。「本当かな?」と一度は考えてみることが求められていると言えるのではないでしょうか。

 冒頭で、私が取材を断った理由の一番目に「情報の確認ができない」を挙げたワケがわかっていただけたことと思います。

★ママ友だって、期間限定というわけじゃない

 さて、ここまで読んで、「ママ友付き合いって、ウザい!」と思ってしまった方もいらっしゃるでしょうか。あえて申し上げます。ウザい中から得るものがある、と。これは私の実感です。

 今、私の子どもは成人していますが、幼児期に子育ての苦楽を共にしたママ友たちと長いお付き合いが続いています。「あのころはあんな小さなことで悩んでいたよね」と笑って話せる友達がいるのはなかなか楽しいことですよ。

 小学校のママ友たちとは、卒業後10年以上たった今でも、ときどき学年同期のママ同窓会を開きます。今年の参加者は20人弱でしたが、30人以上集まった年もあります。話題は年を重ねるごとにだんだんと子どもの話から離れ、今ハマっている趣味や再就職のこと、親の介護や自分の健康についてなど、どんどん広がって笑いが弾けます。いい年をしたオバサンたちですが、「私たちだって、女子会よね~」と笑う、笑う。

 ある時期の子育てを共有した仲間がいる喜びを想像しながら、今、その土台づくりをしていると思って、毎日を前向きに楽しんでくださいね。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


父親であることを楽しむために

《2014年7月1日》

 今年の父の日は6月15日。日曜日のこの日、あるいは前日の土曜日に父の日参観を実施した幼稚園も多かったことでしょう。父の日参観では、普段の保育の様子を参観するだけではなく、父子で工作などの共同作業をする園、一緒に体を動かす園など、それぞれに工夫したプログラムが組まれていたと思います。

 なかにはお父さん向けの講演会を企画する園もあり、私も講師に呼ばれてお父さんにお話をしてきました。同じ時間帯にサッカーW杯日本×コートジボワール戦があり、会場は閑散としているのではなかろうかと心配していたのですが、お父さんの子を思う気持ちは強かった(笑)。

★お父さん、担任の名前を知っていますか?

Photo 満席の会場に胸をなで下ろしながら、私がお父さんたちに最初に聞いたのは、「担任の先生の名前をフルネームで言えますか?」。意地悪にも、お父さんの“子育て情報度”を確かめようとしたわけです。サッカーより強い父の愛に期待を込めた質問でしたが、コートジボワール戦と同じくらい残念な結果となりました。パッと手を挙げたのは5~6人。100人ちょっとの参加者だったと思うので、数%ということになりますか。

 講演会の前には保育参観があったのですから、そのときに担任の先生の名前を知っていて参観するのと、知らないまま参観するのとでは充足度も違ってくると思うのですけどね。何より、先生の名前を知っていれば、わが子と会話をするときだって話題そのものが違ってきます。「○○先生って素敵だね」と言うだけで、笑顔の会話が増えるはず。

 私の質問が「担任の先生のフルネーム」だったので、ここは、姓だけ、または下の名前だけは知っているというお父さんが多かったのだと信じることにしましょう。

 実はこの質問、月刊「あんふぁん」7月号の巻頭特集「磨け! パパ力(ぢから)」の中で出題しているパパ力検定10問中の1問です。パパ力検定を実施しているNPO法人ファザーリング・ジャパンとあんふぁん編集部とのコラボ企画でした。ほかにも「わが子のお友達の名前を3人書いてください」という質問などがあります。今このコラムを読んでいらっしゃるのがお母さんだとしたら、早速お父さんに挑戦してもらって、そこから家族の会話を増やしていってほしいと思います。

★ファザーリング・ジャパンの取組み

 そのファザーリング・ジャパン(FJ)について、ちょっとご紹介しましょう。2006年に設立されたFJのスローガンは、「父親が変われば、家族が変わる。地域が変わる。企業が変わる。そして、社会が変わる」というものです。「父親であることを楽しもう!」と、設立者であり今月から再び代表理事を務める安藤哲也さんをはじめ、お父さんたちが立ち上げた組織だという点が、画期的でした。父親支援事業を展開することを目的として設立後、父親向け講演、企業向けセミナー、父子向け絵本の読み聞かせキャラバンや父子クッキング講座など次々と行動を起こし、“イクメン”という単語を広めたことは皆さんよくご存じだと思います。

 その後は“イクジイ(孫育てするお爺ちゃん)”や“イクボス(部下の私生活を応援し、自らもワーク・ライフ・バランスを楽しみ、なおかつ業績責任を果たす上司)”の養成講座も開催し、これらの単語も徐々に市民権を得てきました。父の日には各地で支部主催のイベントが行われたようです。父親が父親であることを楽しむためには、母親が母親であることを楽しむことも同時並行的に進んでいかなくてはなりませんから、最近ではお母さん向けや両親向けのイベントも用意があります。

 さらには、父子家庭を支援するフレンチトースト基金、児童養護施設で暮らす子ども・そこから巣立つ子どもを支援するタイガーマスク基金や、学生・未婚者層に結婚・出産・子育ての楽しさを伝えようという啓発事業や出張授業などを展開し、さすが男性の視野は広いと感心しています。余談ながらこれは私見ですが、女性は短期計画を立てるのが得意で、男性は中長期計画を立てるのが得意です。企業・職場などでの訓練・経験の賜物だと思いますが、私などは企業で訓練を受けても、広い視野・長期的な展望をもって計画を立てるのは苦手で、得意な人を心底うらやましく思うことがあります。

★笑わないお父さん

 話を元に戻しましょう。FJの安藤さんとは年に数回お会いする仲ですが、昨年12月に出版された彼の何冊目かの著書『父親を嫌っていた僕が「笑顔のパパ」になれた理由』(廣済堂出版・ファミリー新書)を読んで、共感する部分が非常に多くありました。

 今回はその中から二つについて触れます。一つは、安藤さんがFJを設立する動機の一つともなった、「出前絵本おはなし会」で目にしたお父さんの姿です。

 彼はFJの前に「パパ’s 絵本プロジェクト」という絵本の読み聞かせボランティアをスタートさせていますが、その会場で笑える絵本を読んで、みんながゲラゲラ笑っている中、クスリとも笑わないお父さんがいることに愕然としたといいます。その隣に座っている子どもも心から笑っていない。みんなが笑うと「笑っていいのかな」という眼差しで父親を見上げるのだけれども、お父さんは表情を変えない。どこの会場にもこういう父子がいて、しかも、その数が増えていくような印象があり、「家庭に笑顔がないから子どもが笑い方を知らないのではないか。このままではまずい。笑っている父親を増やさなくては」と焦ったと。

 実は私も、お父さん向けの講演会などで同じことを感じます。お母さん向けの講演会では、大きな笑い声が上がったり、何度もうなずいて首振り人形のようになったりする人がたくさんいるのですが、お父さん向けの講演会では笑い声も少なく、無表情で反応しない人がけっこういます(話が面白くないせいかも、というのはこの際無視してください)。もちろん、熱心にメモを取るお父さんも嬉しいことにいらっしゃいますが、「とりあえず妻に言われたから来るだけ来た」という人が多い印象はぬぐえません。

 FJには「父親であることを楽しむための極意6カ条」というのがありますが、その第1条は「父親になったらOSを入れ替えよう」です。OSとは生き方。パソコンがバージョンアップしないと使えなくなってしまうように、父親も父親になる前のOSのままだと、子どもが成長したときに父親として認めてもらえないかもしれませんよ、というわけです。夫婦から家族に変化したのに合わせて、いまからでもOSの入れ替えにチャレンジし、楽しい会話が交わされる家庭を創出してほしいと思います。

★ロールモデルがいなくとも、ロールモデルになることはできる

 共感したことの二つ目は、安藤さんが書く「子どもにとってのロールモデル(模範・手本とし、学習する人物)は親だけ」という視点。書名にもあるように、お父さんが嫌いだった安藤さん。お父さんはもう他界されていますが、妻(安藤さんのお母さん)への言葉の暴力がひどく、家族のために家事を手伝うことも、笑顔あふれる温かな団らんも家族旅行もなかったといいます。そして、お父さんをロールモデルではなく反面教師にする形で、FJを設立したのだと。自分は父親のようにはならずに、子どものロールモデルにならねば、という気持ちだったそうです。

 ロールモデルにならない親をもってしまった場合、安藤さんのように「自分は親とは違う道を行くぞ。オヤジはやってくれなかったけど、やってもらいたかったことを子どもにしてやろう」と考えられる人ばかりだとよいのですが、実際にはそううまくはいかず、知らず知らずのうちに親と同じことをしてしまいがちです。

 身近な例では、私の父も安藤さんのお父さんさんとそっくりの暴君で、その父(私の祖父)とまるで同じように妻に暴言を吐いていました。私の夫は父親が船員だったためにほとんど一緒に過ごした記憶がなく、自分が父親になったときに父親のあるべき姿をイメージできず、子どもとどう接していいのかわからないと言っていました。

 こういう、親と良い関係性を築けなかった人は少なくないと思いますが、特効薬は「吐き出すこと」だと安藤さんは提言しています。男性は女性に比べて弱音を吐くのが苦手だけれど、仲間を見つけて、「俺はオヤジが嫌いだった」「同じことをしそうで怖い」「どうしていいのかわからない」と、心情を吐き出す場を確保して、と。悩めるお父さんは本書の一読をお勧めします。

 今回はお父さんのことを書いてきましたが、女性だって同じこと。ロールモデルにならない母親をもった人が、「私は自分の親とは違う道を行くわ」「母親のあるべき姿がわからない」と考えるケースもあるでしょう。

 親ですから、大なり小なりみんな子育てに悩んでいますが、いまは思い描いていた親像と異なる自分であっても、「子どもは親である自分を見ている」と意識するところから、いろいろなことがスタートするのではないかなと思います。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


新番組「おとうさんといっしょ」

《2013年3月1日》

 4月から、NHKで「おとうさんといっしょ」という新番組が始まるそうです。NHKが放送を発表した1月末以降、ツイッター上で大きな話題になったということですから、すでにご存じの方も多いかもしれません。

 元祖のほうの「おかあさんといっしょ」は今年で放送54年目だとか。この時期お父さんに目を向けたのはここ数年のイクメンブームに煽られたせいかもしれませんが、もっと早く企画されてもよかったですよね。というか、親の性別で分ける必要もなく、元番組を途中からでも「ママやパパといっしょ」に変更する手もあったのに。そうすれば、イクメンブームの到来がさらに早まったかもしれないし、一人親家庭の子どもも寂しい思いをしなくてすんだのに、とも思います。

★幼稚園年齢が対象で期待大

130301_2  ともあれ30分番組の「おとうさんといっしょ」、どんな構成になるのでしょうか。3月下旬には事前特番があるようですが、原稿を書いている今はまだ特番前。NHKのホームページでは、主なコーナーとして3つだけ公表されています。新聞報道と合わせて簡単にご紹介しましょう。

①おはなし「レオレオれーるうえい」
 故障ばかりの蒸気機関車DD51がのんびり走る鉄道会社「レオレオれーるうえい」。終着駅では、ふしぎないきもの「シュッシュ」と「ポッポ」が毎日にぎやかに暮らしています。そんな日々にちょっとヘンテコな出来事が巻き起こり、シュッシュとポッポの冒険がはじまります。着ぐるみ劇。

②親子でいっしょ!「イチジョウマン7」
 週末のお父さんを応援する新ヒーローとして誕生するのが「イチジョウマン7」。遊びたいというエネルギーが満タンで、全国の親子のもとへ駆けつけるらしいです。ダイナミックな身体遊びや自然の中での冒険、ボール遊びで“いっしょパワー”が全開! 親子で遊ぶヒント満載のコーナーとなるようです。

③いっしょ!に歌おう「駅の音楽会」
 駅の待合室では、元気な子どもたちと音楽会♪ 童謡や手遊び歌や「おかあさんといっしょ」で人気の歌、番組のオリジナル楽曲が続々と登場するのだとか。「おかあさんと~」同様におにいさんおねえさんも一緒です。

 そのほかのコーナーはふたを開けてからのお楽しみといったところ。これだけでは「おかあさんと~」との違いがよくわかりません。お母さんがお父さんに変わっただけではない、「わぉ!」と思えるような内容を期待したいところですね。

 ただ、ホームページから発見できた違いが一つありました。制作者側が設定している子どもの対象年齢が、「おかあさんと~」は2~4歳であるのに対し、「おとうさんと~」は3~6歳となっていました。「おかあさんと~」はちょっともう卒業よねと思っていたご家庭もあるでしょうから、完璧に幼稚園年齢と重なっている「おとうさんと~」には期待が膨らみます。

★子どもとの遊び方に戸惑うお父さんへのヒントに

 なかでも気になるのは「イチジョウマン7」のネーミング。一条さんというおにいさんが登場する? まさかね。きっと以前にも登場した、1畳分のスペースがあれば親子でたっぷり遊べますというところから名づけられた忍者でしょう。ダイナミックな身体遊びや自然の中での冒険と解説されているので、1畳では足りないはずなのですが。

 ただ、親子で遊ぶヒントが満載だという点には大いに期待してしまいます。というのも、「子どもとどう遊んだらいいのかわからない」というお父さんが意外に多いと感じるからです。特に女の子のお父さん。異性である娘との接し方に困惑して異星人に思えるらしい(笑)。もちろん、そんなお父さんばかりではありませんけれど。

 子どもが男の子であれ女の子であれ、普段どの程度触れ合って遊んでいるかは、父の日イベントなどで父子ペアを見ると、すぐにわかります。

 たとえば、先生が「お父さんの体をよじ登って、最後は肩車してもらいましょう」などと声をかけると、普段からよく一緒に遊んでいる父子はどちらも体がリラックスして触れ合っていますが、そうでない父子は二人とも体がしゃちこばっていて、お父さんが子どもを今にも取り落としそうな感じです。

 また、「新聞紙をうまく丸めてボール状にし、キャッチボールを楽しんでください」などというシーンでは、予想外の軌道を描く新聞ボールに笑い転げるペアがいる一方で、無言で投げ込むお父さん、緊張して構える子どもといったペアもいます。触れ合いの場数不足できっと加減がわからないのでしょう。

 「イチジョウマン7」のコーナーを通じて、「なるほど、子どもってこんな遊びで喜んでくれるんだな」と肩の緊張がほどけるお父さんが増えたら、公共放送としての役割を見事に果たすことになりますね。

 ひと口に子どもといっても、3歳と6歳では遊びの幅も、持ち上げる際の体重もかなり違います。そこを一つのコーナーでどうカバーしていくのか、番組プロデューサーの手腕が問われるところでしょう。

 放送は4月7日から毎週日曜日の朝8時からBSプレミアムで。再放送は土曜日の夕方5時半からです。ツイッターでは「土日なら歓迎」という声が上がる一方で、「休みの日の朝8時はきつい」「起きられない」という声もあったとか。土日がお休みでないお父さんだって少なくないでしょう。

 せっかくお父さんの子育て支援番組ができても、テレビの前にいるのは子どもだけ、なんていうことになったら意味がありません。はなから「起きられない」「出勤日だ」と無関心を装わず、録画するなどして活用することを考えてくださいね。お母さんも他人事だと思わず一緒にね(笑)。ヒントをもらって、わが家流の親子遊びに発展させてくださいますように。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


家庭新聞をつくろう

《2013年1月1日》

 2013年、新しい年が始まりました。毎年、気持ちも新たに「今年の子育て目標」や「今年の子育て家訓」を考える方もいらっしゃることでしょう。え、子育てに追われてこれまで特に考えたこともなかった?

そんなゼロからのスタートの方にお勧めしたいのが、家庭新聞づくりです。

★両親の合作がミソ

Photo  私事ながら、わが家で最初につくったのは夫婦新聞でした。長い間DINKS(Double Income No Kids:夫婦共働きで子どもなし)だったため、用事がなければ遠方に住む両方の両親に電話をすることもまれ、という状況になってしまい、嫁姑関係を考えるとこれはまずい、と夫婦の近況を綴った新聞をつくることにしたのでした。

 今、夫婦それぞれこんな仕事をしています、二人でどこそこに行きましたなどの簡単な「記事」を、当時はまだパソコンが普及していなかったのでワープロで打って年に3~4回つくり、郵便で送っていました。A4判の紙の表側のみで、部数はたったの3部! そうすると、「届いたよ」と電話がかかってきて、適度なコミュニケーションを保つことができました。

 その後、遅ればせながら子どもを授かり、夫婦新聞から育児新聞に自動的に変化。子どもの身長・体重、寝返りができた、お座りができた、立った、歩いたと、急に話題が増えました(笑)。

 実は、最初に夫婦新聞をつくろうと思ったのは、モデルがあったからなのです。夫の姉夫婦が不定期で育児新聞を発行していて、郵送してくれていました。この家族(M家)の新聞を例にとって、つくり方のポイントを具体的にお教えしましょう。

◆発行回数

 最初は年に1~2回発行でもよいので、わが家の近況を、離れて住むおじいちゃん・おばあちゃん、親戚、親しい友人たちに報告する感じで、難しく考えすぎないのがコツです。慣れてきて発行への負担感が減ってきたら、徐々に回数を増やすのも手。また、話題がたくさんあるときだけ発行すると決めておけば、負担になりません。

◆新聞に名前をつける

 新聞ですから、題字があるとカッコよくなります。名字から「○○家だより」、住所から「世田谷通信」などとするのもいいですが、オリジナルで考えるのも楽しいもの。
 ちなみにM家では、息子一人のときは「わんぱく通信」、二人目の男の子が生まれてからは「W(ダブル)わんぱく通信」、3人目に女の子が生まれて「わんぱくキッズ通信」と変わっていきました。

◆ツール

 パソコンをお使いになる方なら、文字も写真も編集が楽なWordが便利、苦手な方なら紙に写真を貼り、余白に手書きすればOKです。発行部数が多い場合は、手書きしたものをコピーすればいいのですから。

M家の新聞は黄色い紙にプリントされていて、保管するときもよく目立ちました。

 今は紙よりも手軽な発信方法――メール、ブログ、FacebookなどのSNS、YouTubeなどの動画等――もありますが、それらが個人作業であるのに比べ、紙は以下に述べる理由で夫婦の作業になりうる点から私は高く評価しています。

◆役割分担

 M家では、お母さんが「編集人」、お父さんが「発行人」で、新聞の欄外に毎回名前が記載されていました。つまり、お母さんが「これは面白い」と思うたびに、「記事」がわりのメモをちょこちょこと取っておき、パソコンが得意なお父さんがそのメモを「記事」に格上げし、写真を取り込むという役割分担となっていました。

◆メモを取るときの注意点

 誰が、いつ、どこで、何を、なぜ(理由や目的)、どんなふうに、どうした、のいわゆる5W1Hを押さえておくと、あとが楽です。場合によってはこれに「いくらで」を加えた5W2Hもお勧め。さらに、本人や父母の感想を書き留めておくと、記事に厚みが出ます。

 たとえばこんな感じです。メモは――12月24日、振替休日、家族5人、ディズニーランド、ママ疲れた、パパ散財。これを記事にすると――。

「12月24日、家族5人でディズニーランドに行きました。例年クリスマスイブに家にいたことのないパパだけど、今年は振替休日でお休みだったのです。ビッグなクリスマスプレゼントに子どもたちは大喜び。特に太郎は興奮して走り回り、追い掛けるママはくたくたに。子どもたちはミッキーとミニーの帽子を買ってもらい、家族用のお土産としてクッキーとカレンダーを買いました。パパはお財布を覗いてため息をついていました。」

 これに写真がつくと、読む人にそのときの様子がくっきりと伝わりますね。もちろん、お出掛けに限らず家庭内の小さな出来事の一つひとつがネタになります。

◆おまけ

 要点を押さえたメモを取ることができれば、「記事」化するときに楽だということはすでに書きました。でも、不完全なメモにも大きな価値があります。ママのメモに抜けている項目があったとき、パパがみんなに追加取材をするというのが大きな価値。

「太郎、あのとき、どんなふうに感じた? パパはいなかったから、教えてほしいな」とか、「ママ、あのときはどうだった? あ、そんなに疲れたのか。それは大変だったな。いつかお返ししなくちゃな」と家族の会話が増えるだけでなく、パパは自分の不在中の出来事を取材を通して追体験できる利点があります。ですから、忙しいパパにこそ、新聞づくりに挑戦していただきたいもの。

 また、新聞をつくるときは読者への近況報告の意味合いが強いのですが、数年後に自分たちが読み返すとき、新聞はそのまま家族の歴史になっているのがすごいところです。

 M家ではさらに末っ子の男の子が誕生し、4人きょうだいとなりました。末っ子が中学生になったとき、「わんぱくキッズ通信」は一応の終刊となりましたが、発行人のお父さんはその3年後にもうひと頑張りしました。長男の結婚披露宴で、出席者全員に特別増刊号を配布したのです。

 それは両面刷りで、表面には二十数年前の「わんぱく通信」が再掲され、裏面には花婿・花嫁の紹介記事が載っていました。出席者一同、幼児期の花婿の写真を見て、ほっこりした気分になり、初対面の方とも会話が弾みました。

 このときの花婿は今は1歳児のパパとなり、メールで子育て通信を送ってきます。こうして家庭新聞が一族新聞として発展していく――とっても素敵なことだと思います。

 ちなみにメールを利用する場合は、写真を添付するのではなく画面貼り付けにして、説明文をつけるのがお勧めです。

 2013年、ママとパパで協力して家庭新聞第1号を発行してみるのはいかがでしょう?

(文:西東桂子/絵:山本花子)


子どもへの教育と教材

《2012年12月1日》

 むかしむかし、あるところに、なまけものの男がいました。仕事もせず寝てばかりだから貧乏で、嫁に来てくれる人もいるわけがありません。ある日、男はイモリをつかまえ、いいことを考えつきました。「イモリを黒焼きにして粉にして、ほれ薬を作ろう。それを気に入った娘っこに振りかければ、すぐに嫁に来てくれるってもんだ」。

 町に出かけた男は、かわいらしい娘に一目ぼれし、ほれ薬を振りかけました。…のはずだったのですが、思わぬ風が吹いて、娘の後ろにいたシワシワのお婆さんにたっぷりかかってしまったのです。「なんていい男なんだい。私を嫁にしておくれ」。お婆さんがずんずんと近寄ってきて、男は一目散に逃げ出しました。

 ところがお婆さんの足腰の丈夫なこと! 必死の思いで米蔵に逃げ込んだ男は、米俵に手をついて息を整えました。すると、米俵がごろりと動き、男に迫ってくるではありませんか。男の手についていたほれ薬が米俵にもくっついてしまったのです。悲鳴を上げて再び逃げ出した男はお婆さんにも見つかってしまいました。お婆さんと米俵は、ほれ薬の効き目が切れるまで、ずーっと男を追いかけ続けましたとさ。おしまい。(要約)

★教材をどう使うかは大人の腕にかかっている

Photo  このお話は日本に古くから伝わる民話を素材にしています。ありそうな話で、私は笑って読んだのですが、皆さんはどんな感想をもたれましたか?

 これがある育児雑誌に掲載されたとき、幼稚園のご年配の園長先生からクレームの連絡があったそうです。「幼稚園児に“ほれる”などというテーマはいかがなものか。子どもたちに読ませたくない話だ」と。

  「へぇ」というのが私の正直な感想でした。幼稚園児のすべてが“ほれる”という単語を知っているとは思いませんが、同じ意味の「好きになる」ということは、ほぼ全員が理解しているだけでなく、多くが経験もしていると思うからです。もちろん、この園長先生の教育的配慮を否定する気は毛頭ありません。それもまた一見識だと思いました。

 別のある日。幼稚園の教員研修会でのことです。講師を務めた園長先生がこう言いました。
「教材が良いからといって、良い保育(教育)ができるわけではありません。教材をどう使うか、どう使いこなすかにかかっています。あまり良くない教材であっても、上手に使えば良い保育につながるとも言えます。皆さんの力量次第ですから、腕を磨かなくてはなりません」

 これを聞いて、目からウロコの思いでした。先生がたに限ったことではなく、私たち親にとっても、奥の深い言葉だと思いました。親にとっては、教材に代わるものが「毎日の出来事」なのではないでしょうか。「毎日起こる不測の出来事」をどう処理していくか――。
「毎日の出来事」には、良いことも悪いこともあります。親が目を光らせて、子どもに良くない出来事が降りかからないよう努めることは立派なことだと思いますが、子どもと四六時中いっしょにいるという年齢は過ぎました。親の知らないところで経験することもだんだんに増えてくる年齢です。

 たとえば、冒頭に紹介した民話を子どもがひとりで読んだ(原文はすべて平仮名で書かれています)という状況も考えられますね。「お母さん、ほれ薬って何?」と聞かれたら、意味を教え、「人を好きになったり好きになってもらったりするのに、薬なんか使うのはおかしいよね」「薬なんか使うから、薬の効き目が切れたらそれで終わりになっちゃうんだよね」「心が大切なんだよね」と親子で会話することができたら、それはとても良い教材になったということではないでしょうか。

 考えてみれば民話も童話も、日本のものも外国のものも、残虐な話であったり恐怖心をあおる話であったり、また人間の負の感情を表現したものであったりと、必ずしも大人が積極的に子どもに示したくなるような内容ではないことも少なくありません。「かちかち山」は仕返しの話ですし、「シンデレラ」は継母や連れ子の姉たちによるいじめの話、「白雪姫」はお妃の嫉妬の話です。それでも長く読み継がれ親しまれてきたのは、そこに教材としての力があり、読み手の力量があったからでしょう。

★教材づくりに携わるなら目標は高く

 ところで、私は文芸社が主催する「えほん大賞」(年1回)の選考委員を務めています。ちょうど第3回の募集期間が終了したところで、第2回の授賞式が今月行われます。毎回数千の応募がありますが、第2回の応募作品を読んで、とても気になったことがありました。

 それは、文章の中に、大人が「ダメ!」と言う台詞が出てくる作品がやたらに多かったことです。ほとんどは母親が言う場面です。

 応募者は20~70代と幅広く、男女比はほぼ同数ですが、傾向としては40代以下の書き手に「ダメ!」の台詞を使う人が多いようでした。ひとつの作品に何度も出てくることもありました。

 民話や童話には、「ダメ!」という台詞は滅多に出てこないところをみると、「ダメ!」は現代語なのでしょうか。昔は否定語を安易に使わずに、なぜダメなのかを丁寧に説明していたということかもしれません。

 子どもにとって強い否定語の繰り返しは心地よいものとは言えません。現代絵本の書き手には、「ダメ!」に代わる表現はないかと立ち止まって考えてもらいたいと思い、授賞式でお話ししようと思っています。教材をこれから作ろうとしている人たちにとって、最初から良くない教材を目指す必要はないのですから。読み手の力量頼みというわけにはいきません。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


お父さんの子育てをサポートしよう

《2012年6月1日

 ステレオタイプなのでしょうか、6月の父の日の前後になると、ついお父さんのことを書こうかな、と思ってしまう私です。本当は父の日に関係なく、子育てはいつだって夫婦でするものなのですけれどね。でもまぁ大目に見ていただいて、父親話にしばしお付き合いください。読んでいただきたいのはどちらかというとお母さんなのですが。

★お父さんの存在感を高めてあげる

120601  少し前のことになりますが、広告代理店が仕切ったイベントで、子育て相談のブースを任されたことがありました。自由に行き来できるビルの通路がイベント会場で、隣には占いのブース(!)がありました。「いまの子育てのやり方を見直さないと近いうちに悪いことが起こりますよ」とか占われた人が回ってくるのかしらと、苦笑したことを覚えています。

 一人の男性が私のブースに近寄ってきました。幸いにも占いブースから回ってきたわけではなく、歩いていたらイベントのチラシをもらい、ふと話をしてみようと思われたようです。

 その方は単身赴任をしており、その日はたまたま自宅に帰っているときで、お悩みは「普段家にいないせいか、子どもがちっともなついてくれない」というものでした。お子さんは幼稚園児の女の子で、お母さんの背中の陰から自分を見つめるんですと、寂しそうに話してくれました。

 単身赴任ではないにしても、平日は朝も夜も子どもとすれ違ってしまって顔を合わせることもないとか、土日が出勤で子どもと触れ合う時間がなかなか持てないとかで、父親としての存在感が薄くなってしまっているというお父さんも少なくないでしょう。

 わが家もそうでしたが、こういうご家庭では、お母さんのサポートが欠かせません。不在がちのお父さんの存在感が薄くならないよう、子どもへの言葉がけをちょっと意識するだけで断然違ってきます。たとえばわが家では、おいしいお菓子をいただいたようなときは「これはお父さんの分ね」と取り置き、仮にお父さんがいらないと言った場合、「お父さんが○○ちゃんにあげるって。よかったね」と言ってきました。あるいは、夕食のときに「お父さん、まだお仕事がんばってるかな。お先にいただこうね」というふうに。

 お父さんのすごいところを話して聞かせるのもいいですね。お仕事の内容でもいいでしょうし、「お父さんは足がとっても速いよ。○○ちゃんはいつ追いつけるかな」「お父さんは力持ちだから肩車をしてくれるよね。お母さんにはとても無理だわ」というのでもいいでしょう。いちばんわかりやすいのは「お父さんが一生懸命働いてくれるから、毎日ご飯が食べられる」という表現かもしれません。お母さんにも収入があるなら、「お父さんとお母さんが…」と言って当然ですが、専業主婦であっても夫婦で役割分担をしていることを上手に伝えたいものです。子どもが何か欲しいと言ったときに「お父さんに相談してからね」と、お父さんの存在を強調することもできます。

 以前、幼稚園の副園長をしている若いお父さんがこんな秘訣を話してくれました。「財布は妻に握られているんですが、家族で外食するときは、僕が支払いをしているところを子どもに見せます。事前に妻からお金をもらっておくんですけどね(笑)」。これなら、どこのお宅でも真似ができそうですね。

★「点」と「点」の間を埋めてあげる

 お母さんのなかには、子どものことで相談したのに“良い回答”が返ってこなかったという不満を持っている方がいるかもしれません。この場合、お母さんの側に問題があるかもしれないケースとして二つのことが考えられます。

 一つは、お母さんの側には実はすでに自分なりの回答があって、これまでお父さんの回答を聞いても尊重してこなかった場合です。これではお父さんも「どうせ結論は出ているんだろ」と思って自分の意見を飲みこんでしまいます。もう一つは、忙しいお父さんを気遣って、お母さんが子育てを一手に引き受けてしまっていて、お父さんが子どもの状況を把握できていなくて「君に任せるよ」と答えてしまう場合です。

 確かに子どもと接する時間は圧倒的にお母さんのほうが長いのが普通でしょうから、お母さんが子どもと「線」で接しているとしたら、お父さんは「点」で接していると言ってもいいでしょう。「朝」という点だったり、週に一度「日曜日」という点だったり。

 この「点」と「点」を埋めていくのがお母さんのサポートなのです。「今日はこんなことがあったのよ」「こんなことがあって、○○がこう言ったのよ」と、お父さんが立ち会えなかった場面を報告し、お父さんの子ども情報をアップデイトしてあげるのがお母さんの役目です。短い時間でもいいのです。お父さんの子ども情報がいつも最新であれば、お母さんからの相談ごとにもきちんと対応してくれるはずです。

 普段のアップデイトを怠っていると、たまの会話が相談ごとばかりという事態に陥り、それではお父さんもうっとうしくなってしまいますね。楽しい報告もたくさんしておいて、いざというときに相談に乗ってもらいましょう。

 特に男の子の場合、思春期以降の子育てにお父さんの出番が増えてくるものです。そのときに父子が会話できるように、いまのうちから「点」を「線」にしておくことは大事だと思います。「点」と「点」の間が離れれば離れるほど、サポートは楽ではなくなりますから。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


震災後1年、福島県の幼稚園

《2012年5月1日》

 新年度がスタートする直前の春休み、福島県の幼稚園に震災後1年のお見舞いに行ってきました。東京都内の園長先生がたとご一緒に、郡山、会津若松、いわきを回りました。

 昨年、宮城県石巻市の幼稚園をお見舞いしたときのことをこのコラムにも書きましたが、石巻と違うのは、福島県では放射性物質という目に見えない、どこにあるかわからないものと今も闘っているということでした。新聞やテレビを通して何が起こっているかは知っていたつもりでしたが、現地に行って改めてその過酷さを自分のものとして実感し、胸が苦しくなりました。「除染に明け暮れた1年でした」のお話がズンと胸に響きます。生の声を聞いてください。

★「僕たち、砂場で遊びたかったよ」

Photo  郡山市内のK幼稚園の門をくぐると、園庭に設置された巨大な放射線量計にまず度肝を抜かれました。この線量計は、福島県の幼児教育は、放射性物質の問題が解決しないかぎり元通りにはならないという無言の意思表示をしているようでした。写真を撮ったときのデジタル表示は0.172マイクロシーベルト。私が住む都内世田谷区の線量の3倍強ですが、郡山市内ではこれでも超がつくほどの低線量です。この線量にまで下げるためのご苦労を聞いて、ため息が出ました。
(◆写真=郡山市内の幼稚園では大人の背丈を超える巨大な放射線量計に迎えられた)

 K幼稚園では除染のため、園庭の土の表面を10cmの深さで全面削り取りました。しかし、削った土を捨てる場所がないため、園庭に深さ1.5m、6m四方の巨大な穴を掘り、そこに防水シートで何重にもくるんで埋めて盛り土してあるというのです。
「セシウムの半減期は30年だといいますから、それまでに掘り返すことは絶対にありません。30年たって、本当に半減したのかどうか検査する日が来るのかもしれませんが、私はそのときには立ち会えない」と園長先生。

 K幼稚園には市内の幼稚園の園長先生がほかにも4人集まってくださっていたのですが、「表土を削るのも屋根の洗浄除染も業者さんの順番待ち。ただ待ってはいられないから、それまで自分で土を掘り、自分で屋根に上って洗いました。市内の園長はみな疲れ切って身体ががたがた」と、どの先生も疲労感を漂わせます。まだ若い、これから子どもを育てていかなければならない保護者の方々には、手伝ってとはとても言えなくて自ら動くしかなかったと。

 これほど頑張っても、放射性物質の子どもへの影響を考えると屋外で遊ばせることはできず、この1年、子どもたちは砂場で遊ぶことも小動物と触れ合うこともできなかったといいます。「木製の遊具は木の中にセシウムが染み込んでいるから使えないのです」「うちの幼稚園では廊下のここからここまでは走ってよいと決めて、少しでも身体を動かすようにしました」「ホールを開放して遊ばせたけれど、『園長先生、僕たち砂場で遊びたかったよ』と言われてしまいましてねぇ」と、先生がたはせつなそうに語ります。そういえば、園庭の滑り台には「おそとであそんではいけません」という貼り紙がしてありました。

 最近になって、0.25マイクロシーベルト以下であれば短時間の外遊びなら大丈夫ということになったそうですが、「安心できないから外には出さない」「30分に制限している」「保護者全員の賛同がなければ外には出せない」と、それぞれに苦渋の選択をされているようです。実際問題として、訪問した日、K幼稚園の門を一歩外に出た市道上では線量計は0.48マイクロシーベルトを示しており、除染が進んでいるのは幼稚園の敷地内だけという現実があります。ぐるりと周りを見回しても、洗濯物を外に干しているのはマンション内の1軒だけ、人通りもありませんでした。

Photo_2  除染費用は国から出ることになっているそうですが、訪問した時点で1円の補助金もまだ受け取っていないそうです。表土の掘削、屋根の洗浄、エアコン・扇風機の設置と出費が続くなか、全国の私立幼稚園の保護者と教職員から全日本私立幼稚園連合会に集まった義援金4億数千万円は被災3県の各幼稚園に届けられて大変助かったとか。そのことにはほっとしましたが、継続的な支援が必要であることを痛感しました。
(◆写真=セシウムを吸収すると植物の生長が早まるのだそう。震災前はすべて同じ高さだった植栽が、不揃いになった様はなんとも不気味)

★考え直さざるを得なかった教育目標

 福島第一原発に近い富岡町では震災翌朝に避難勧告が出て、町内のT幼稚園では3月11日がいきなり最後の登園日となってしまいました。当時の在籍児115人の家庭は今は全国に散らばっているといいます。紆余曲折を経て、現在は会津若松市の休園施設を使って開園していますが、昨年度6人だった園児が今年度は2人。他県に転居してしまったからです。警戒区域内にあり、いつ帰町できるか見通せない状況下、今後園の運営をどうすべきか結論が出せないと困っておられます。

 T幼稚園は富岡町の高台にありましたが、震災のそのとき、園バス2台が降園運行中でした。津波警報が出され、海側を走っているはずのバスが心配でしたが、携帯電話がつながらず連絡が取れません。住宅の塀があちこち倒れていつもの運行コースは通れなかったそうですが、幸いにも運転手さんの的確な判断で、時間はかかったものの全員無事に保護者に引き渡すことができました。預かり保育の園児は13人。暖かい日だったのに急に雪が降ってきて、停電の中、暖を取るのに苦労されたそうです。

 橋が決壊し、JR富岡駅が流失し、国道が閉鎖された中で、最後の保護者が園に到着したのが夜の9時。園は津波の心配はなかったものの、地震でほとんどの物が落ちました。「明日は土曜日だけど、出勤できる職員で片付けをしよう」と話して解散したのが夜10時。このときはまだ原発事故のことはわかっていませんでした。それっきり、園児も教職員も散り散りになってしまったのです。

 会津若松でお会いした副園長先生は震災後1~2か月の記憶が混濁しているといいます。さらにしばらくたった頃、あの日、園で履いていた上履きのままでいることに突然気がついたというのです。園を出て自宅に帰り着いても家族はおらず、避難所でようやく巡り合えたあと、一睡もしないまま避難生活へと突入したそうです。もちろん、着の身着のままです。

 この1年を思い出し思い出し、時々声を詰まらせながら説明してくれた副園長先生は最後にしみじみと語りました。
「今の生活が永遠に続くということはないのだというのが、震災を経験しての実感です。私は今、何か事が起こったときにもたくましく生きていく子、ストレスに負けない強い精神力を持った子を育てていくことが教育者としての使命だと思いを新たにしています。そういうものは日々の生活の中で育てていくものです。どろんこになって遊び、散歩をして畑仕事をしている人々と挨拶を交わし、川で魚を見て友達と語り合う、そういう生活が大事だということ。これまで音楽教育、英語教育といろいろ力を入れてきたけれど、本当にそれでよかったかと考えることがある」

 1泊2日の旅程で訪問できた幼稚園の数は限られていますが、同じように語る先生がたくさんいました。被災地からのメッセージを真摯に受け止めたいと思います。

 そのほか、耳の痛い話もありました。たとえば、「いわきから避難した知り合いの子どもが、福島県から来たというだけでいじめに遭って戻ってきた」「陳情でたびたび東京に行くが、東京の人たちは震災をもう忘れているように見える」「福島の子どもたちは小学校1年から放射能の知識を持たなければならないと考えているが、被災地に限らず全国で、全国民が勉強するのがあるべき形ではないか」などなど。

 地震も津波も、原発事故も、他人事ではないのです。今なお苦しんでいる被災地に向けて、日本中から救いの手を差し伸べなくてはなりません。次代を担う子どもたちを育て救えるのは私たち大人しかいないのですから。

(文&写真:西東桂子)


家庭でできる食育

《2011年11月1日》

 秋も深まってきました。「食欲の秋」を楽しんでいます。いえ、私の場合は一年中と言うべきかもしれませんが……。

 今回は食欲から連想して、食育について書いてみます。2005年に食育基本法が施行されたとき、関係者は長年の活動が実ったと大喜びしましたが、「食事のことまで法律に縛られるのか」という感想をもらした大人も少なくありませんでした。2005年といえば、今の年長さんの多くが生まれた年ですから、現在の幼稚園ママ&パパは食育基本法とともに子育てをしてきたことになりますが、食育についてどんなふうに考えていらっしゃるでしょうか。

 施行直後の2006年度、07年度は、自治体によっては各幼稚園に対して「本年度に実施した食育活動について報告書を出しなさい」と要求したところもあります。私も当時、幼稚園教諭向けに食育をテーマにした講演を頼まれたりもしました。しかし最近は、報告書を求められたという話も聞かなくなりましたし、私に食育の講演を依頼する人もいなくなりました。もちろん、今も食育活動は各所で熱心に行われていますが、食育に熱心な人とそうでない人の二極化が進んでいるのだとしたら、残念なことです。

 法律で定められなくても、心身ともに健康な生活を送るために、私たちが私たち自身の食環境を見直すことは、とても大切なことです。そして、食生活の基本が幼児期に形づくられることもまた、真実でしょう。幼児のいる家庭では、折に触れて食育を意識してほしいなぁというのが私の願いです。

★朝ごはんはパワーの源

111101ai  では、幼児期に必要な食育とはなんでしょうか。
 好き嫌いをしない、箸を上手に使うなど、皆さんそれぞれに頭に浮かんだことがおありだと思いますが、幼児期に親がしてあげられる大事なことは、私は次の二つではないかと考えています。

 一つは、三度の食事をきちんととることで生活リズムを整えること。幼稚園の現場では特に、朝食をしっかり食べてくることの大切さをしみじみ感じます。

 朝食抜きの子どもは、血糖値が上がってこないので活動に身が入らず、外遊びに誘っても生返事をしたり、お部屋でごろごろしたり……。空腹感からイライラすることもあり、普段はそんなことはないのに、お友達にいちいち絡んでトラブルになったりすることもあります。また、朝食を登園時刻ぎりぎりに食べてきた子どもは、集団活動の最中に便意を催してトイレに駆け込んだり、お弁当(給食)の時間におなかがすかなくて、食事の準備がなかなか進まない場合があります。

 遊びに没頭できない、活動を中断する、昼食時間が長引くという状況は、子どもたちにとって得ることの多い保育時間を無駄にすることになりますから、なんてもったいないことでしょう! 「早寝早起き朝ごはん」をぜひ実行して、生活リズムを整えたいものですね。

★食育遊びを家族で楽しむ

 二つ目は、「食」への興味関心を引き出してあげる工夫をすること。
 幼稚園では、年齢に合わせてさまざまな取り組みがあり、保育のなかに自然に食育が採り込まれています。年少さんならフルーツバスケットのゲームを楽しんだり、年中・年長さんなら野菜や果物の観察画を描いたり、カレーライスや簡単なスイーツを作ったり。園内で野菜や果物を育てて収穫したり、芋掘り遠足に行ったりもします。

 でも、食育は園にお任せして終わり、ではちょっと寂しい。家庭でも遊びのなかでできることがたくさんあります。「赤い食べ物なーんだ?」と親子で順番に言い合ったり、果物の名前、野菜の名前をいくつ言えるか競争したり。たとえば年少さんなら、果物の名前を10個言えたら立派ですし、年長さんなら15個言えたら天才です!(笑) なにより、たくさん言えた子のお母さんは自分を褒めてあげましょう。だって、食べたことがあるから名前を覚えるのが幼児です。それだけいろいろの食材を食卓に並べた証拠ですもの。

 そのほか、食べ物しりとりをしたり、調理の際に柿やアボカドやピーマンの種を取り置いて、あとで種クイズを出したり……。これからの季節はミカンの汁であぶり出しをするのも楽しそうです。遊びだけでなく、ニンジンの皮むきやテーブル拭きなど“仕事”を任されれば、子どもは大いにはりきってくれるはずです。

 お父さんのお休みの日には、みんなでBOXクイズで盛り上がるのはいかが? 箱の中に食べ物を入れ、目で見ずに手触りだけでそれが何かを当てたり、匂いだけで考えてみたり。ちなみに、炊きたてごはんの匂いを当てられる人は案外少ないそうですよ。

 以前、年中組のお弁当タイムに遊びに行ったとき、「前はキュウリが嫌いだったんだけど、自分で育ててから食べられるようになったんだよ」と話してくれた男の子がいました。

 食には食べるだけでなく、育てる、調理するなどさまざまな側面があります。いろいろなことに興味をもつ幼児期に、いろいろな体験をさせてあげられるといいですね。

 仮に今は苦手な食べものがあっても、食への興味関心さえあれば、いずれ近いうちに食生活は整ってくると私は思っています。自分の食べるものが自分のからだをつくるのだと、気がつく子どもに育てるのが幼児期の目標といってよいのではないでしょうか。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


被災地・石巻の幼稚園を訪ねて

《2011年10月1日》

 去る8月30日、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市のI幼稚園を訪ねる機会を得ました。実家が仙台にあることもあって、震災直後から宮城県内の被災地の幼稚園で何かボランティアができないかと模索していましたが、どこの市町村も個人では受け入れてもらえず果たせずにいたところでした。とうとう夏になり、一時は絵本の読み聞かせグループに混ぜてもらって被災地に向かおうかと考えていましたが、彼らの訪問先は公民館、避難所、保育所であり、夏休み中の幼稚園ではありません。

 そんな折、都内某区の幼稚園団体が園長・設置者研修会としてI幼稚園で防災研修を実施すると知り、無理を言って同行させていただいたのです。身体を使うボランティアではなくなりましたが、幼稚園団体は義援金と文房具を、私はささやかながら絵本を数冊抱えて行き、気持ちをお届けすることができました。

 I幼稚園には第一、第二の二つの園があり、海岸から約200mの第二幼稚園が津波で壊滅的な被害を受けました。現在は、幸いにも床上浸水20cmで済んだ、海岸から約1.5kmの第一幼稚園で合同保育をしています。第一幼稚園での研修会では、園長先生から状況報告を伺ったあと質疑応答が活発に行われました。それから、全員で第二幼稚園へと向かいました。

★幼稚園教師の使命感

Dsc_0001  第二幼稚園は、目の前が湾岸道路、その向こうが堤防、そういう立地にありました。遠くから見ると、広大な敷地の真ん中にコンクリート造りの幼稚園だけがぽつねんと建っているという感じでした。事前に地図で調べたときは隣に神社があったのですが影も形もなく、園舎の周りは完全な更地です。近づくと、園舎も残っているのは壁だけで、中のものはすべて津波がどこかへ持ち去っていることがわかりました。
(◆写真=壊滅状態の1階の様子。残ったのはコンクリートの壁だけ)

 津波に襲われたとき、第二幼稚園では預かり保育中で、残っていた園児は11名でした。地震後、「9mの津波がくると予想されます。避難してください」という防災放送が切れ切れに聞こえてきて、園長は「9m? そんな馬鹿な。90cmの聞き誤りだろうか」と思ったそうです。しかし近くに高台はなく、道路は避難する車で大渋滞。やっとのことで車で園児を迎えに来たお父さん一人も身動きが取れなくなりました。
 
  園バスでの避難は難しそうだと判断した園長は、園児とお父さん、教職員全員を2階に集め、脚立も1台、2階に運んでおくよう指示しました。結果的にこの脚立が生死を分けたのです。

Dsc_0003  見張り役の先生が遠くに津波の第一波を目視したとき、園長は2階の屋根に上ることを決意。窓から1階の屋根に出て、二つ折りの脚立を直線に伸ばして屋根にかけたところ、ほぼ垂直状態でぎりぎり届いたとのこと。あまりに垂直なため恐怖で足がすくんでしまう園児を、下から押し上げ、上から引っ張りして全員がなんとか上り終え、最後に園長が上り切った直後に黒い波が2階の教室になだれ込んだそうです。間一髪でした。

 屋根の上で夜を明かし、朝になって海上保安庁の救命ボートで全員が救出されました。2階の壁には地上7~8mくらいのところに、半年近くたった今もなお真横に黒々と水の痕が残っていました。子どもの背丈を超えていました。
(◆写真=地上7~8mの位置に真横に黒々と残る津波の痕)

 東京の園長から「先生たちは冷静に行動できましたか」と質問が出て、「守るべきもの(園児たち)を前にして、先生たちの行動は本当に立派でした」との答え。私は鼻の奥がじーんと熱くなりました。平時も非常時も、幼稚園教師としての基本は同じなのだなと再確認したのです。

★震災に学ぶ

 同園では地震でラジオが落ち、携帯電話の手回し充電器は水没して、情報収集が困難だったとのこと。現在、合同保育をしている第一幼稚園では、ラジオなど情報収集に欠かせないものは2階の落ちにくい場所に置くなど対応を変更したそうです。また、園長は携帯電話を防水仕様に替えたとか。床上浸水が20cmであっても、床近くのコンセントをはじめ電気系統は全滅。懐中電灯と電池の配備を見直したということでした。

 さらに、これまでは「地震がおさまったら園庭に集合」としていたルールを、「園舎内の○○に集合」に変更したとも伺いました。

 津波の心配はない地域にお住まいの方も多いでしょうが、地震でライフラインが断たれたときの準備は必要です。ラジオ、懐中電灯、電池、ろうそく、携帯電話の手回し充電器、飲み水などを準備し、探し回ることのないよう置き場所を決めておきましょう。

 私の実家は幸いにも被害は殆どありませんでしたが、都市ガスの復旧に25日かかりました。もっとかかった地区もあり、実家だけでなく友人宅にも東京からせっせとカセットボンベを送りました。これも常備しておきたいものの一つでしょう。

★気持ちを強く、そして忘れてはならない

 避難した屋根の上で、騒ぐ子も泣く子もいなかったそうです。「必ず守ってあげる」「守ってもらえる」という心の絆が奇跡的な生還につながったのだと思います。天災は予測できませんし、I幼稚園には幸運が味方したことは否めません。それでも、大人に強い気持ちがあれば大丈夫に違いないと思えた防災研修会でした。 

 その翌日、仙台から南へ、福島県との境近くまで海沿いの道を一人で車を走らせました。海岸から2~3kmはあろうかというところにも、流されてきた船が何隻も放置されたままでした。しかし、石巻に比べてがれきの撤去が早く進んだためか、かつては住宅が建ち並んでいたはずの場所に青々と雑草が生い茂り、一見するととても平和な光景にも思えてしまうのです。

 被災を免れた者、遠くに住む者たちは、こうした光景に騙されることなく、10月の今でもまだ避難所におられる方々が少なくないことを忘れずにいること、そして、自分にできる小さなことを本物の復興のそのときまで積み重ねていくことが使命なのだと、強く思ったことでした。

(文と写真:西東桂子)


それぞれに頑張る夏休み

《2011年8月1日》

 夏休み、真っ只中。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 子どもたちにとって、大好きなママ・パパと一緒にいられる時間が長い夏休みは夢のような期間なのでしょうね。それに引き換え、朝から子どもにまとわりつかれる親のほうは早お疲れぎみ?(笑) 20人、30人の子どもたちをまとめている幼稚園のクラス担任の力量に脱帽したという方もいらっしゃるのではないでしょうか? 私もかつて、わが家に子どもたちが4~5人遊びに来たようなときに、毎度毎度そう思っていました。

★先生は夏休みに何をしている?

 え? でも、先生たちは夏休みに英気を養えるじゃないかって? 私にも夏休みが欲しい?

 そうですね、一瞬そんなふうにも思ってしまいますが、幼稚園の先生って夏休みもかなり忙しいのですよ。夏休み中も預かり保育や夏季保育を実施している園もありますし、なくても先生たちには交代で出勤当番があります。夏休み明けの保育の準備にも追われます。

 保護者の皆さんには案外知られていませんが、夏休みは実は先生たちの研修の時期でもあります。年間を通して開催されていますが、夏休みは丸1日とか宿泊研修も可能であるため都道府県単位や地区単位で、さまざまな研修会が企画されています。幼稚園教諭になって1~2年目の先生を対象とした新任研修、中堅研修、10年目研修、主任研修など、経験年数や立場に応じた研修会が開かれたり、3歳児保育・4歳児保育・5歳児保育と担当年次別の研修会が開かれたり。

 あるいは保育の領域別に、歌や手遊びなどの音楽表現、造形表現、体と心の発達、ことばの育ち、遊びや活動を豊かにする環境づくり、障害児保育、保護者とのコミュニケーションなど、研修内容は多岐にわたります。

 講師が指導する形であったり、現場の先生が事例発表や問題提起をして参加者同士で話し合い、講師が講評する形であったりといろいろです。先生たちはこうして保育のスキルをアップし、ほかの幼稚園の取り組みに刺激を受けたり参考にしたり、また自園の取り組みに改めて自信をもったりし、さらには別の研修会に参加した先生たちと研修内容を情報交換したりします。

 もちろん、園長・理事長の研修会も盛んですよ。保育研修のみならず、個人情報保護法への対応や耐震工事、療育センターとの連携についてなど、園を運営していく立場から、たくさんのことを学んでおられます。今年は大震災による原発事故を受けて、放射性物質と幼稚園運営についての研修会があちこちで開かれるのが特徴的です。すでに開催されたものもありますが、いずれも満席で、次代を担う子どもたちを預かっているという使命感の大きさが感じられました。また、東北の被災園を訪ねて実情を知る防災研修を実施する幼稚園団体もあります。

 そのほか園単位や姉妹園合同で宿泊研修をするところも。先生一人ひとりが1学期の課題と実践を報告し、それを全教職員が共通認識として園児一人ひとりのサポートにつなげていきます。私もこうした宿泊研修に何度か参加させていただいたことがありますが、あるとき宿のおいしい夕食を期待していたら、飯ごう炊さんで自炊する羽目に(笑)。これも園外保育のための研修の一環と聞かされて感心したものでした。

★家庭では生活リズムの維持を

110801_2  というわけで、先生たちの夏もけっこう忙しいのです。2学期にはひと回り大きくなった子どもたちが登園してきますが、先生たちも成長しています。

 みんな頑張っていますから、保護者の皆さんもひと頑張りしてみませんか。今年の夏は「生活リズムを崩さない夏」に挑戦してみてはいかがでしょう?

 休み明けに子どもたちの様子を見れば、生活リズムを保てた子と保てなかった子が一目でわかると先生たちは言います。初日から元気にしっかり遊び込めているかどうかに差が出るというのです。

 節電に努める夏でもありますから、早寝早起きを実行して少しでも涼しい早朝を有効活用しましょう。陽が照りだす前に打ち水をするのを親子の日課にすると、リズムをつくれるかもしれませんね。パパはとっくに出勤したのに、子どもたちはグースカ寝ているという状況は避けたいもの。寝ていてくれたほうが家事がはかどるというママの気持ちもわかりますが、そこをひと頑張りです。

 とはいえ、楽しい夏休み。遊園地に行ったり、祖父母の家に帰省したときは就寝時刻が遅くなってしまうこともあるでしょう。それも大切な思い出です。そんなときは子どもにきちんと「今日は特別」「ここにいる間は特別」と伝えておきましょう。そして、「いついつから元のリズムに戻すよ~」と宣言を。

 生活リズムを元に戻すには、早く床につかせるのではなく、朝早く起こすことから始めるのがコツです。「おはよう」と声をかけてカーテンを開けましょう。明るい光を浴びることで体内時計がリセットされます。

 子どもたちみんなが夏季保育や始業式の日にすっきり目覚めて登園できますように。

(文:西東桂子/絵:山本花子)