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イネイブリングって何?

《2015年2月1日》

 奥田健次先生は臨床心理士、専門行動療法士であり、行動分析学者です。子どものさまざまな問題行動を、常識にとらわれないオリジナルのプログラムによって改善させることで知られています。40歳を少し過ぎたくらいですが、これまでの相談実績は数万件にのぼり、難しい案件を解決してきた手腕から“子育てブラック・ジャック”などとも呼ばれています。テレビのドキュメンタリーなどでその活躍ぶり、独特の指導法に触れたことのある方もいらっしゃるでしょう。

★奥田健次著『世界に1つだけの子育ての教科書』

B 教育界、療育界でちょっと異色の存在である彼が最近、これまた一風変わった子育て本を出しました。『世界に1つだけの子育ての教科書』(ダイヤモンド社)という本です。

 自閉症やアスペルガーといった専門領域の著書のほかに、これまでも子育て本を何冊か出していて、そこにもけっこう刺激的な文言がありましたが、本書には「はっきり申し上げますが、こんなことをしていると、本当に、子どもがダメになってしまいます」と大きな太字で書いてあり、これまで以上に歯に衣着せずに書かれた本だという印象があります。

 サブタイトルは「子育ての失敗を100%取り戻す方法」。10歳までの子育てに悩む人に贈る一冊ということで、発売直後で、アマゾンの子育て本ランキング1位に。出版記念の講演会があるというので出かけました。

 講演会では本書のところどころを取り上げて、より詳しく解説してくれるという手法が取られました。本と同じでズバズバと鋭い突っ込みが放たれますが、関西人ならではのジョークもたっぷりで、笑い声も響く会でした。

 私が特に聞きたかったのは、第5章についてです。章のタイトルは「『過保護・過干渉』の子育てが、あなたの子を腐らせる」。なんとまあ刺激的な表現でしょう(笑)。それはさておき、そこに付いていたサブタイトル「“イネイブリング”をやめよう」が、とても気になったのですね。

 過保護・過干渉をいさめる本はいくつもあります。だけど、イネイブリングって何? イネイブリングをする人をイネイブラーと言うそうですが、耳慣れないイネイブリング、イネイブラーについてもっと詳しく聞いてみたいと思ったのでした。今回は私が学んできたことを皆さんにおすそ分けしたいと思います。

★子への気遣いのはずが、悪循環のモトだった

 本書では例として、幼稚園で吐き気を訴える年長の女の子が出てきます。お母さんからの相談です。職員室で休ませてもらうことが続き、その後は朝から吐き気を訴えて登園したがらず、昼ころには回復して家でゲームなどで遊んでいるが、どうも幼稚園に行きたくないようだ、と。

 奥田先生は園でその子に対する「いじめ」「いじわる」「からかい」などがないことを入念に確認し、どうやら集団が苦手だということから始まった問題だと判断しました。そうであるなら、早いうちに(小学校の不登校に結びつく前に)幼稚園には行くものだという習慣づくりをすることが大切だと主張します。大人であれば自分で考えて方向修正することも可能だけれど、子どもの場合は周囲にイネイブラーが存在するケースがほとんどなので、イネイブラーによるイネイブリング自体を取り除くことが先決だというのです。

 さぁ、出てきました。イネイブリング! 実はこのイネイブリング、アルコール依存とかギャンブル依存とかの依存症患者の治療などに使われる専門用語だそうです。意味は、「ある行動ができるような状況をつくってしまうこと」。

 依存症患者の場合で言えば、家で深酒をして注意され、逆ギレしてグラスを床に投げつけて割ったけれど、家族が翌朝までに片付けてあげたり、サラ金の借金を肩代わりして返済してあげたりすることがイネイブリングです。依存症患者がしでかしたことを、なかったことにしてしまい、患者がまた同じ行動を取ることを許してしまっているのですね。

 これを、前述の登園しぶりの女の子に置き換えて考えてみましょう。女の子が吐き気を訴えると、お母さんは「大丈夫?」と心配し、「今日は休もうか」と気遣い、園には「子どもの体調が悪いので休ませます」ときちんと連絡し、そしてゲームがしたいと言えばさせてやる――これは結果的に、「吐き気を訴えなさい、そうすれば園に行かなくて済むから」「体調不良でいなさい、そうしたらゲームをやらせてあげるから」と、親のほうが子どもに願ってしまっている図式だといいます。親は本来、登園を望んでいたはずなのに、実際には“共犯者”だった。これがイネイブリングなのですね。共犯者となったお母さんはイネイブラーです。

 イネイブラーは「なんとかしてあげたい」という強い心配からつい手助けしてしまいます。私がなんとかしなければという責任感も強くあります。だから、まさかそれが良くないことだとは気づかない。しかしこの対応こそが、悪循環が長く続いてしまう原因だったのです。

 小学生でも同じです。子どもが「学校に行きたくない」と言ったとき、仮にその理由が前日ゲームをして夜更かしし、眠くて起きられないという場合、イネイブラーのお母さんは学校に電話して「行きたくないと言っています」と正直に伝えることはしません。「具合が悪いので病欠します」と連絡してしまいます。正直に伝えたら、後日子どもが先生に怒られてかわいそう、中学受験の内申書に響きそう、自分の監督責任が問われて恥ずかしい、などの気持ちが沸き起こり、無意識のうちにイネイブラーの行動を取ってしまうのです。

★取引と報酬は違う

 愛情あふれる気遣いのつもりが、良くない対応だったとは皮肉な話です。では、どうすれば良かったのか。

 奥田先生いわく「もしそんなにゲームが好きなら、幼稚園に行った日だけゲームをやらせてあげればいい」。毎日登園できるようになったら、職員室で休まずに過ごせた日だけやっていい、と少しずつ変化させる。最初は集団が苦手だったこういう子どもたちの多くが、登園を続けるうちに気の合う友達を見つけたという実例が、奥田先生の元にたまっているそうです。

 そして「教育学的“そもそも論者”は、園の楽しみを感じさせるのが先決であってゲームを使うなんて、と言いますが、そういう人たちが何をどう直してきたのか、聞いたことがない」とバッサリ。奥田節全開です。

 ちなみに、この「~できたらゲームをやってもいい」は、取引ではないとのこと。取引とは、子どもが泣いて暴れて要求してきたりしたときに、あれこれ応じてしまうこと。そうではなく、子どもが期待どおりの行動を実行できたという結果に対する「報酬」だと考えれば良いそうです。だから行動分析、行動療法ということなのでしょうね。

 本書には、園に協力を求めて問題行動を直していく方法や、ほかの事例もたくさん載っています。とても書ききれないので、関心のある方はご一読をお勧めします。

★単語が認知される日は近い?

 そういえば以前、幼稚園でこんな場面がありました。5月ころの年少さんのクラスでした。降園時間になってお母さんがお迎えに来たAくん、お母さんの顔を見るなり、通園カバンが重い、持ってくれとぐずぐず言い始めました。先生が「Aくん、幼稚園に入ったのだから自分で背負って帰れるはずよ」と励ましますが、お母さんはすぐにカバンを肩からはずしてやって、「いつまでも赤ちゃんみたいにわがままで…。早くしっかりしてもらいたいんですが」と恥ずかしそうに言います。Aくんはカバンを渡したあとも、いつまでもぐずぐず言っています。これ、毎日繰り返されている光景。

 少し離れたところで見ていた園長先生が「お母さん、カバンを受け取らないで門のほうに歩き始めればいいんだけどなぁ。そろそろ伝えたほうがいいかなぁ」とつぶやきました。

 このお母さんも、今思えばイネイブラーだったのです。重いと言っているのだからかわいそう、カバンを持ってやらなければぐずぐずがもっと長引くはず、と、良かれと思ってやっていたのでしょう。もしかしたら、早くしっかりしてもらいたいという思いの裏に、甘えてくれてかわいいという気持ちもあったかもしれませんね。

 園長先生がお母さんに話をしたところには立ち会っていませんが、「お母さんがカバンを持ってあげることが、ひいてはAくんが降園時に毎度ぐずぐず言ってもいいという状況をつくりだしている」と説明するにはけっこう長い時間がかかりそうです。それよりも、「お母さん、それ、イネイブリングですよ。やめましょう」と言ってわかってもらえれば、すごく簡単! このイネイブリング、イネイブラーという単語、何やら急速に認知される日がやってくるような気がするのは私だけでしょうか。

 なによりもまず、休日、昼過ぎに起き出してきた息子に「ご飯食べる?」と聞くような我が身を振り返るところから始めなくては。

(文:西東桂子/絵:山本花子)

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