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わが子か、教え子か―入学式担任欠席報道から考えたこと

《2014年6月1日》

 今は6月ですから、4月8日の出来事はすでに旧聞でしょうか。
 この日、埼玉県の県立高校で入学式があり、4つの高校で新入生の担任教諭各1名が有給休暇を取って入学式を欠席しました。理由は、わが子の入学式に出席するから。入学式に出た埼玉県議がFacebookに投稿したのがきっかけで、地元紙が報道。投稿の内容は、「(前略)新入学生の思いも考えず私事の都合で簡単に職場を放棄する態度には憤りを感じざるを得ませんでした。本当に怒り心頭です。教員の責任感や倫理観、モラルとはどうなっているのでしょうか?(中略)教員は、教育という一番大事な事柄を担っているということを自覚してもらいたいです」というものでした。

 その後、ネットのニュースサイトやテレビ、大手全国紙にも取り上げられ、特集を組んだ週刊誌もあって大きな話題になりました。それにより、入学式当日、教育委員会に複数の保護者から苦情が寄せられていたことも判明しました。
 皆さんも報道を目にしたと思いますが、どう思われたでしょうか?

★入園式に担任がいなかったら

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 私がまず思ったのは、「幼稚園の入園式に担任教諭が欠席するなんて、聞いたことがないなぁ」ということでした。

 幼稚園は学校教育法に書かれている「学校」の最初に登場する教育機関ですから、入園式は学校教育のスタートの記念すべき行事です。そこに担任がいないなんて、ちょっと考えられない事態。もっとも、私立幼稚園の先生は全体的に若いので、わが子が入学式を迎える年齢の先生が少ないという事情もあるとは思いますが。

 幼稚園では、入園式での新入園児の不安を少しでも軽減しようと、事例は少ないですが、入園式前に担任が家庭訪問をして“面通し”をしておく方法をとっている園もあります。そんなことまで考えるのですから、入園式に個人の理由で欠席することはまずないだろうと想像できます。

 私が次に思ったのは、「その欠席した教諭は、わが子の入学式に出席して、もしわが子の担任が欠席していたらどう思うのだろうか?」ということです。「担任がいないなんて!」と思うのか、「自分も欠席したのだから事情はわかる」と思うのか、こればっかりはご本人に聞いてみないとわからないことですね。

 欠席批判派の先頭に立った形の“尾木ママ”こと教育評論家で法政大学教授の尾木直樹さんは、入学式には教師がすべき大切な役割がある、と主張しています。欠席擁護派にはワーク・ライフ・バランスを研究する人たちが多かったようです。主張を要約すると、「有給休暇を取るのに理由はいらない」。

 インターネットによる意識調査では、一般市民の意見はほぼ半々でした。なかには「校長の許可が出ているのだから担任本人を責めるべきではない」「自分の子どもが一番大事なのは当たり前。そう考えないような教師にわが子を任せたくない」というコメントもありました。

 そうこうするうち5月5日には、プロ野球巨人の原監督が父親の緊急入院に伴い、ヘッドコーチに代役を頼んで試合から離脱したという報道もありました。

 朝日新聞によると、プロ野球には、シーズン中に監督や選手が家族の危篤や死去などを理由に休める制度はないそうですが、各球団の判断に任されており、これまで離脱を球団から反対された例はないとのこと。一方、大リーグには選手の家族の危篤や死去に際して「忌引休暇」があり、選手が申請すれば取得できるそうです。この制度は監督やコーチには適用されませんが、実際は「野球より家族優先」の考え方が根付いているとか。

 制度の有無は別にして、日本のプロ野球でも大リーグでも、自分の判断で離脱せず、現場にとどまった選手や監督もいます。

★仕事も大事、個人も大事

 この問題、とっても難しいですね。職業が教師や野球選手でなくても、あるいは家族の介護をしている人などでも、子どもの入学式に出席できない人はたくさんいます。

 自分のことで言えば、子どもの入園式・入学式にはすべて出席することができました。でも、講演を頼まれていた日の前夜、子ども(当時2歳)が高熱を出し、夜中に親友に電話をして翌朝7時に家に来てもらい、後ろ髪を引かれながらも出かけた経験もあります。夫は出張中でした。また義父の葬儀の際は書籍編集の締切のときで、お坊さんが到着するまで片隅で仕事を続け、なんの手伝いもしなくて親戚じゅうから白い眼で見られたこともあります。どちらも「仕事上の自分の代わりがいなかったから」です。

 代わりがいるか、いないかを判断するのは、その人本人にしかできないことだと思います。入学式を欠席した高校教諭は、「式には自分がいなくても大丈夫、その後の高校生活でフォローできる」と考えたのでしょうし、原監督も「試合には自分がいなくても大丈夫、ヘッドコーチや選手に任せられる」と考えたのでしょう。実際、その試合では巨人が勝っています。

 ただ、たまたま私が昨日取材した人がこんなことを語ってくれました。その人は幼稚園か保育園の先生になりたくて短大の保育科に通っていましたが、保育実習で通った園の園長先生に実習最終日にこう言われたそうです。「あなたの子どもへの接し方は安心して見ていられる。だけど保育者は子どもと遊んでいればよいわけではない。人生の最初の段階で、人間としての基礎・基盤を作ってあげる仕事だということを忘れないで現場に戻ってきてほしい」。

 その人にはずっしりこたえた言葉だったそうです。自分はそこまで考えていなかった、そこまで腹が据わっていなかった、こんな中途半端な考えで保育者になってはいけない、と思い、方向転換。卒業後、別の学校に入りなおして、今は別の職業で大成していらっしゃいます。

 自分の職業に対して腹が据わっているか。これも一つの判断材料かなと私が思ったのは確かです。この女性に取材したことが、このテーマを書く動機となりました。私なんぞ、保育者向けの講演では「担任が休むと子どもたちがどんな気持ちになるか想像してみてね。風邪で休んだりしないよう体調管理も教師の仕事ですよ」なんて大声で言っていますから、ちょっぴり偏っているかも…。

 しかし、個を犠牲にして仕事をせよなどと言うつもりもありません。高校入学式の件では、このような状況が見込まれる教諭を事前に新入生の担任から外しておくような人事はできなかったのか、とも思います。結論は出しにくい問題ですが、個人攻撃ではなく全体で考えていく事柄に“昇格”するとよいなと思います。

(文:西東桂子/絵:山本花子)

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