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小学校の先生が望んでいること

《2013年11月1日》

 先日、月刊誌「あんふぁん」の企画で、小学校の先生がたに集まっていただき、最近の新入学児(1年生)にどんなことを感じているかを語っていただく機会がありました。言い換えればそれは、「幼稚園時代にお母さんがこんなふうにしているんじゃありませんか?」という警告であり、また、「そんなふうにしないでほしいのですが」という要望でもありました。

 その多くは、このコラムでもたびたび取り上げてきた内容と同じで、私としては「ほら、やっぱりそうでしょう?」という気持ちになりましたが、皆さんにとっては小学校の先生がたの直接の発言ということで、より価値が高いことでしょう。「あんふぁん」誌面に載せきれなかった話題も含めて、小学校現場の声をご紹介します。

★幼稚園時代にめいっぱい遊んでほしい

Photo 遊びに没頭し、体を動かして汗をかいて遊ぶ楽しさや、みんなで一緒に何かを作り出したり成し遂げたりする楽しさをもっと体験してきてほしい、と先生がた。その体験不足からか、「暑くて校庭に出ると汗かくから」と外に出たがらない子、「汚れるからイヤ」と砂遊びを敬遠する子、友だちの遅さ(遊ぶ準備の遅れや共同作業の遅れなど)に対して厳しい子、待てない子が目につくそうです。

 汗をかいても汚れても、洗濯すれば問題ないとお母さんはドーンと構えてほしい、そもそも子ども時代は汚れてもいい服装をさせてほしい、という発言がありました。

 また、「早い遅いは個性のうち」と私も何度か書いてきましたが、先生がたからも「低学年では、早いことを求めません。むしろ、いろいろな友だちの個性を認められることのほうが大事。早いことがいいことだという考え方は社会の影響を受けているのは間違いないと思いますが、教師も親もそうした風潮に流されないようにしたいですね」という発言がありました。親がわが子の行動を待ってやれないと、子どもも友だちの行動を待ってやれないという負の連鎖が起こるのでしょうか。

 また、算数の授業でおはじきやブロックを使うとき、授業そっちのけで遊んでしまう子が多いのは、入学までの遊びの量が足りていないせいではないかという指摘もありました。

★言葉によるコミュニケーション力を磨いてほしい

 黙って座り込んでいるのでどうしたのかと先生が尋ねると、ようやく「忘れ物をした」と小さくつぶやく、体操袋をぬっと差し出すので何事かと思うと、よくよく見ればひもが抜けていて、なんとかしてくれということらしい…。

 こんなふうに、自分の置かれた状況を説明できない子、やってほしいことを言葉で言えない子が増えているのも近年の傾向だとか。

 先生がたは「お母さんがあれこれ先回りして対応してしまい、子どもが言葉で意思表示をする機会が少なくなっているのではないか」と心配しています。以前にも書きましたが、大人になって社会に出たとき、周りの人が気を使っていろいろ察してくれる、なんていうことばかりではありません。もっと近い将来では、小学校高学年や中学生になったとき、万一いじめにでも遭ったら、友だちに「やめて」、教師や親に「助けて」と言えない子どもであったら心配でなりません。

 いじめの例は極端ですが、先生がたは親の先回りを身近な例で説明してくれました。
「翌日に持っていくものの準備を親がやっている家庭があります。低学年であっても、まずは子どもが自分でやって、それを親子でチェックするなど、やり方を工夫してほしい。親任せの子は、宿題を忘れても『ママが入れ忘れた』と言い訳します。困るのは自分、だから準備も自分でする、と考えてほしい。親が手伝うのは悪いことではありません。少しでも自分でやった部分があれば、子どもは全部自分でやったというくらいの気持ちになり、自分に自信がもてるようになります」

 自分が思っていることを説明でき、やってほしいこと・やめてほしいこと・手伝ってほしいことをきちんと自分の口から言えるようになるよう、今から言葉でのコミュニケーションに親子で磨きをかけておきましょう。子どもが何か言う前に行動してしまうお母さんは、子どもの一言を待ちたいものですね。

★小学校への“わくわく感”を大事にしてほしい

 上記で「助けて」と言えるコミュニケーション能力の大切さに触れましたが、先生がたは「助けて」には「信頼感」がセットになっていると言います。信頼できる相手だから、助けてほしいと言えるのですね。幼児期には第一に「親への信頼感」が芽生えるような親子関係を築いてほしい、そこで大人への信頼感を獲得できたら、教師への信頼感も生まれてくるのだから、と先生がた。

 そう考えれば、「○○ができないと小学校に上がれないよ」「そんなこともできないと小学校の先生に怒られるよ」という言い方は、ぜひとも避けたいところです。小学校や小学校の先生を恐ろしいものと思ってしまったら、学校や勉強へのわくわく感は消えてしまいますから。

 多くの方が気にする「ひらがなの読み書き習熟度」についても、「覚えておかないと大変」と、入学前までに子どもに教え込もうとすると、それは学ぶ楽しみではなくなってしまうと先生がたは心配しています。「ひらがなを勉強することを嫌いにさせないで」と。

 原則論では、入学時点でひらがなを書くのはもちろん、読むのもまだでも問題はないけれど、靴箱にはひらがなで氏名が書いてあるので、自分の名前は読めるのが望ましいという話が出ました。ひらがな全部を読めなくていいから、自分の名前が読めた喜びや、町を歩きながら看板を見て、「あ、うどんって書いてあるよ。うどん屋さんだ」というふうに、文字と現実の世界がつながった楽しさを感じることを大切にしてほしいということでした。

 小学校の先生がたから、入学までの期間にお母さんにしてほしいこと・してほしくないことが挙がりましたが、いずれも幼稚園教育で目指していること・実践していることと同じです。つまり、幼稚園の先生がたの話によく耳を傾けていれば大丈夫。子どもへの手出し口出しが多すぎないことが肝心だということだと私は理解しました。子どもの言葉と行動を待ってあげられる親になりましょう。

(文:西東桂子/絵:山本花子)

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