子どもだけでなく自分もほめよう

《2015年3月1日》

★子育てに不安をもつのは当然のこと


Photo 子育てをしていると、「このやり方でいいのかしら」と不安になったり、「うちの子、順調に育っていると思っていていいのかしら」と心配になったりすることがよくありますよね。それを口に出す人、出さない人いろいろですが、誰もがそういう気持ちをもっています。ただ、これまでにもたびたび書いてきましたが、ママが不安を強くもち過ぎると自然に子どもに伝わりますから、親子で情緒不安定になって、いいことはありません。

 かといって、「私のやり方は絶対に間違っていない」と信じ込むほうがいいのかというと、それもまた違います。常に自分が正しいと思っているママに育てられる子どもは、息苦しくてたまりません。たとえば、子どもが親の言うことを聞かないときは、「ママが何を言っているのかよくわからない」とか「わたし、そういう言い方されるの大っ嫌いなの」とか「ママだって昨日、ぼくの言うこと聞いてくれなかったじゃないか」など、子どもなりの言い分があるものですが、“絶対正しいママ”はこうした子どもからのサインを見逃してしまうことが少なくないのです。

 じゃあ、どうすればいいのかって?
 子育ては、自分と子どもとの間で微調整をして、良き方向はどちらなのかを探していくものです。そういう意味では、“適度な”不安を抱えているほうが、「どういうやり方をすればいいのかしら」と考える謙虚さがあって、私はいいと思っています。その気持ちが、微調整の下地になると思うからです。そう考えれば、多くのママが「現状でいい」という状況にあるのですよ! 不安なのはあなただけではありません。その不安を解消していこうとするプロセスこそが大事です。不安がなければ、プロセスを経験することもできないではありませんか。

★「ほめ日記」を書いてみよう

 でも、「現状でいいと言われても、どうも納得感が薄いのよね」と思ったママも多いでしょう。そうですよね、私に保証されてもねえ(笑)。私にしたって、「いつまでも現状のままでいい」と言ったわけでもありません。

 さて、ちょっと考え方の方向転換をしてみましょう。納得感が薄いのは、人の言葉だからです。しっかり納得するには、自分で納得する必要がありますね。

 不安がある現状を肯定しつつ、解消への道筋を模索することに価値があります。そのためにはまず、「今の自分」を自分で認めてあげることから始めるのが近道です。子どもだって、自分を認めてもらい、自己肯定感をもつことで成長していくのです。ママも同じ。

 その方法として、私は、『ほめ日記 子育てハッピートレーニング』(三五館)の著者、手塚千砂子さんの考え方にとても共感しています。手塚さんのお勧めの方法は、書名にもあるように自分をほめる「ほめ日記」を書くことです。

 書く内容は、特別に頑張ったことに限りません。母として、妻として、家庭を切り盛りする主婦として、当然のことのようにこなしていることだって、「よくやっている」と自分をほめていいのです。たとえば、

 ・3食ごはんをつくった
 ・換気扇の掃除をした
 ・夜、子どもの蒲団をかけ直してあげた
 ・この冬は家族の誰も風邪をひかせずにすんだ
 ・おばあちゃんにご機嫌伺いの電話をかけた
などなど、すぐにいくつも書き出せるでしょう?

 手塚さんは、書くことを子育てや家事のことばかりにすると、自分という人間を狭い視野で見ることになってしまうので、体調や感情についてもほめようと言っています。

 ・早寝早起きして元気はつらつ
 ・嵐のCDを聴きまくって盛り上がった
 ・電車でお年寄りに席を譲ってあげていい気分
 ・今日はお月さまがきれいだった
こんな感じでしょうか。

★いっぱいある「ほめ言葉」を活用して

 コツは、事実の列記に終わらせずに最後を「ほめ言葉」でしめくくること。それがポジティブシンキングにつながっていくんですね。

 ・今日はよく動いたね、お疲れさま!
 ・朝からがんがん家事、私ってエライなぁ
 ・幼稚園の役員会で頑張って発言した私、成長してるよね
 ・今日は○○ちゃんの言い分をじっくり聞いてあげた。私って、なんていいママ!
 ・○○さんの愚痴を聞いてあげた。優しい私!
ほら、そんなに難しくないでしょう?

 日記ですから、つい自分のドジを書いてしまったり、マイナス言葉を書いてしまったりすることもあるかもしれませんが、そんなときも終わりをプラス言葉にすれば大丈夫。

 ・失敗しちゃったなぁ。でも、私なりに一生懸命やったよね。これからの糧にすればいいんだから、気にしない気にしない
 ・○○さんのようにはできないなぁ。でも私は私。自分のいいところを探していこう
と、前向きな言葉で終わらせます。

 ほめ言葉は案外たくさんあるものです。エライ、すごい、頑張ってる、よくやってる、天才、最高、花丸、バッチリ、すてき、かわいい、かっこいい、頼もしい、いい感じ、キラキラしてる、賢い、優しい……とっかえひっかえ使いましょう!

 寝る前にノートを開いてもいいし、朝、家族を送り出してからのティーブレイクのときでもいいし、空き時間にちょこちょこ書いてもいいんです。落ち込んだときに読み返せるように、ノートに書くといいですよ。それに、パソコンではなく手書きするほうが効果的なのだそうです。手書きをすると、理性や創造性、感情のコントロールをつかさどる脳の前頭前野が活性化するんですって。意外なことに、パソコンを使うと、前頭前野の働きが悪くなると言われているそうです。

 「いろいろ不安はあるけど、頑張ってる私ってエライなぁ」と毎日書いてもいいと思います。毎日書いて元気を生み出すのです。「ほめ日記」を書くことでママが元気になると、それが家族に伝わってみんなが元気になります。それもまた、子育て期間の奥深さだと言えるでしょう。

【お知らせ】~~~~~~~~~~~~~~~~

 本コラムを毎月読んでくださっている皆さま、ありがとうございます。スタートから6年がたち、幼稚園の3年保育で言えば二回りとなりました。これからは毎月の掲載はお休みさせていただき、不定期にそのときどきのタイムリーな話題をお届けしたいと思っています。引き続き本サイトを覗いてくださいね。またお会いしましょう!

 (文:西東桂子/絵:山本花子)


イネイブリングって何?

《2015年2月1日》

 奥田健次先生は臨床心理士、専門行動療法士であり、行動分析学者です。子どものさまざまな問題行動を、常識にとらわれないオリジナルのプログラムによって改善させることで知られています。40歳を少し過ぎたくらいですが、これまでの相談実績は数万件にのぼり、難しい案件を解決してきた手腕から“子育てブラック・ジャック”などとも呼ばれています。テレビのドキュメンタリーなどでその活躍ぶり、独特の指導法に触れたことのある方もいらっしゃるでしょう。

★奥田健次著『世界に1つだけの子育ての教科書』

B 教育界、療育界でちょっと異色の存在である彼が最近、これまた一風変わった子育て本を出しました。『世界に1つだけの子育ての教科書』(ダイヤモンド社)という本です。

 自閉症やアスペルガーといった専門領域の著書のほかに、これまでも子育て本を何冊か出していて、そこにもけっこう刺激的な文言がありましたが、本書には「はっきり申し上げますが、こんなことをしていると、本当に、子どもがダメになってしまいます」と大きな太字で書いてあり、これまで以上に歯に衣着せずに書かれた本だという印象があります。

 サブタイトルは「子育ての失敗を100%取り戻す方法」。10歳までの子育てに悩む人に贈る一冊ということで、発売直後で、アマゾンの子育て本ランキング1位に。出版記念の講演会があるというので出かけました。

 講演会では本書のところどころを取り上げて、より詳しく解説してくれるという手法が取られました。本と同じでズバズバと鋭い突っ込みが放たれますが、関西人ならではのジョークもたっぷりで、笑い声も響く会でした。

 私が特に聞きたかったのは、第5章についてです。章のタイトルは「『過保護・過干渉』の子育てが、あなたの子を腐らせる」。なんとまあ刺激的な表現でしょう(笑)。それはさておき、そこに付いていたサブタイトル「“イネイブリング”をやめよう」が、とても気になったのですね。

 過保護・過干渉をいさめる本はいくつもあります。だけど、イネイブリングって何? イネイブリングをする人をイネイブラーと言うそうですが、耳慣れないイネイブリング、イネイブラーについてもっと詳しく聞いてみたいと思ったのでした。今回は私が学んできたことを皆さんにおすそ分けしたいと思います。

★子への気遣いのはずが、悪循環のモトだった

 本書では例として、幼稚園で吐き気を訴える年長の女の子が出てきます。お母さんからの相談です。職員室で休ませてもらうことが続き、その後は朝から吐き気を訴えて登園したがらず、昼ころには回復して家でゲームなどで遊んでいるが、どうも幼稚園に行きたくないようだ、と。

 奥田先生は園でその子に対する「いじめ」「いじわる」「からかい」などがないことを入念に確認し、どうやら集団が苦手だということから始まった問題だと判断しました。そうであるなら、早いうちに(小学校の不登校に結びつく前に)幼稚園には行くものだという習慣づくりをすることが大切だと主張します。大人であれば自分で考えて方向修正することも可能だけれど、子どもの場合は周囲にイネイブラーが存在するケースがほとんどなので、イネイブラーによるイネイブリング自体を取り除くことが先決だというのです。

 さぁ、出てきました。イネイブリング! 実はこのイネイブリング、アルコール依存とかギャンブル依存とかの依存症患者の治療などに使われる専門用語だそうです。意味は、「ある行動ができるような状況をつくってしまうこと」。

 依存症患者の場合で言えば、家で深酒をして注意され、逆ギレしてグラスを床に投げつけて割ったけれど、家族が翌朝までに片付けてあげたり、サラ金の借金を肩代わりして返済してあげたりすることがイネイブリングです。依存症患者がしでかしたことを、なかったことにしてしまい、患者がまた同じ行動を取ることを許してしまっているのですね。

 これを、前述の登園しぶりの女の子に置き換えて考えてみましょう。女の子が吐き気を訴えると、お母さんは「大丈夫?」と心配し、「今日は休もうか」と気遣い、園には「子どもの体調が悪いので休ませます」ときちんと連絡し、そしてゲームがしたいと言えばさせてやる――これは結果的に、「吐き気を訴えなさい、そうすれば園に行かなくて済むから」「体調不良でいなさい、そうしたらゲームをやらせてあげるから」と、親のほうが子どもに願ってしまっている図式だといいます。親は本来、登園を望んでいたはずなのに、実際には“共犯者”だった。これがイネイブリングなのですね。共犯者となったお母さんはイネイブラーです。

 イネイブラーは「なんとかしてあげたい」という強い心配からつい手助けしてしまいます。私がなんとかしなければという責任感も強くあります。だから、まさかそれが良くないことだとは気づかない。しかしこの対応こそが、悪循環が長く続いてしまう原因だったのです。

 小学生でも同じです。子どもが「学校に行きたくない」と言ったとき、仮にその理由が前日ゲームをして夜更かしし、眠くて起きられないという場合、イネイブラーのお母さんは学校に電話して「行きたくないと言っています」と正直に伝えることはしません。「具合が悪いので病欠します」と連絡してしまいます。正直に伝えたら、後日子どもが先生に怒られてかわいそう、中学受験の内申書に響きそう、自分の監督責任が問われて恥ずかしい、などの気持ちが沸き起こり、無意識のうちにイネイブラーの行動を取ってしまうのです。

★取引と報酬は違う

 愛情あふれる気遣いのつもりが、良くない対応だったとは皮肉な話です。では、どうすれば良かったのか。

 奥田先生いわく「もしそんなにゲームが好きなら、幼稚園に行った日だけゲームをやらせてあげればいい」。毎日登園できるようになったら、職員室で休まずに過ごせた日だけやっていい、と少しずつ変化させる。最初は集団が苦手だったこういう子どもたちの多くが、登園を続けるうちに気の合う友達を見つけたという実例が、奥田先生の元にたまっているそうです。

 そして「教育学的“そもそも論者”は、園の楽しみを感じさせるのが先決であってゲームを使うなんて、と言いますが、そういう人たちが何をどう直してきたのか、聞いたことがない」とバッサリ。奥田節全開です。

 ちなみに、この「~できたらゲームをやってもいい」は、取引ではないとのこと。取引とは、子どもが泣いて暴れて要求してきたりしたときに、あれこれ応じてしまうこと。そうではなく、子どもが期待どおりの行動を実行できたという結果に対する「報酬」だと考えれば良いそうです。だから行動分析、行動療法ということなのでしょうね。

 本書には、園に協力を求めて問題行動を直していく方法や、ほかの事例もたくさん載っています。とても書ききれないので、関心のある方はご一読をお勧めします。

★単語が認知される日は近い?

 そういえば以前、幼稚園でこんな場面がありました。5月ころの年少さんのクラスでした。降園時間になってお母さんがお迎えに来たAくん、お母さんの顔を見るなり、通園カバンが重い、持ってくれとぐずぐず言い始めました。先生が「Aくん、幼稚園に入ったのだから自分で背負って帰れるはずよ」と励ましますが、お母さんはすぐにカバンを肩からはずしてやって、「いつまでも赤ちゃんみたいにわがままで…。早くしっかりしてもらいたいんですが」と恥ずかしそうに言います。Aくんはカバンを渡したあとも、いつまでもぐずぐず言っています。これ、毎日繰り返されている光景。

 少し離れたところで見ていた園長先生が「お母さん、カバンを受け取らないで門のほうに歩き始めればいいんだけどなぁ。そろそろ伝えたほうがいいかなぁ」とつぶやきました。

 このお母さんも、今思えばイネイブラーだったのです。重いと言っているのだからかわいそう、カバンを持ってやらなければぐずぐずがもっと長引くはず、と、良かれと思ってやっていたのでしょう。もしかしたら、早くしっかりしてもらいたいという思いの裏に、甘えてくれてかわいいという気持ちもあったかもしれませんね。

 園長先生がお母さんに話をしたところには立ち会っていませんが、「お母さんがカバンを持ってあげることが、ひいてはAくんが降園時に毎度ぐずぐず言ってもいいという状況をつくりだしている」と説明するにはけっこう長い時間がかかりそうです。それよりも、「お母さん、それ、イネイブリングですよ。やめましょう」と言ってわかってもらえれば、すごく簡単! このイネイブリング、イネイブラーという単語、何やら急速に認知される日がやってくるような気がするのは私だけでしょうか。

 なによりもまず、休日、昼過ぎに起き出してきた息子に「ご飯食べる?」と聞くような我が身を振り返るところから始めなくては。

(文:西東桂子/絵:山本花子)

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「初体験」の価値

《2015年1月1日》

 明けましておめでとうございます。2015年のスタートです。今年はどんな年にしたいとお考えでしょうか。

 私は50歳になったころから、「今までに経験したことのないことをやってみる」ことを意識するようになりました。つまり、初体験のすすめ、ですね。「継続は力なり」ですから、長く続けることにも大きな価値がありますが、トシだからと新しいことにチャレンジしないのはもったいないなと思ったからです。

 といっても、何も大上段に構えなくとも、たとえば新作映画を見たり、本を読んだり、話題のレストランに出向いたり、旅に出たりすれば、初めて見る映画、初めて読む本、初めて味わう料理、初めての土地ですからすべて初体験になりますね。初対面の人と交流するのだっていい。大人になると、新しいことは家の中より外に多いので、出不精にならずに外に出ていこうという所信表明でもあります。

 近年の大きな初体験は、一昨年、仲間たちと一般社団法人を設立したこと。終活をテーマにしながら、“50歳を過ぎたらボランティア精神で”を合言葉に、得意分野で社会貢献していこうと作った団体です。設立から1年半が過ぎましたが、ここでの取り組みはすべてが初めての体験で、失敗や反省も多いのですがやりがいがあります。

 また、昨年の初体験で印象深いのは、東京ドームで都市対抗野球の応援をしたこと。全国から予選を勝ち上がってきた企業や役所のチームが東京ドームで激突するのですが、プロ野球とはまた違った独特の熱気がありました。友人が勤務する地方の企業チームが決勝トーナメントに出場することになり、上京した友とともに応援しましたが、私も社員になったような気分で、試合が終了したときには声が嗄れていました。忘れられない体験です。

 今年も、新たな体験を積み重ねていきたいと思っています。

★子どもは毎日が新しい体験

Photo トシをとってくると、こうして意識して動かないとなかなか新しいことに出会えませんが、子どもは違います。すべてが初めての体験と言ってもいいくらいですね。

 入園すると、登園したら上履きに履き替え、カバンをロッカーにしまい…といった繰り返しの事柄はもちろんありますが、先生が「初めての○○にチャレンジするのは今でしょ!」とばかりに発達過程に合わせた教育(遊び)をタイミングよく導入していくのは、親にはなかなか真似できないプロの仕事です。

 年少のころには無理でも、卒園するころには縄跳びができたり、ルールのある遊びができたり、みんなで相談できたり、相手を思いやることができたりと、見違えるように成長していきます。

 家庭や家族での初体験もたくさんありますね。初めての食材を口にしたり、初めて野菜の皮むきをしたり、包丁を使ってみたり。お母さんに折り紙を教えてもらったり、お父さんと自転車の練習をしたり、家族で遊園地に出かけたり、朝日が昇るところを見たりと、「初めて」がどんどん積み重なっていきます。

 でも大人と違うのは、子どもの「初めて」のほとんどは、子ども一人では体験できない点です。つまり、親が付き合ってあげて初めて、子どもの「初めて」が成立するのです。それを面倒だと思ってしまうと負担感が増しますが、親にとっても「子どもと一緒にやる初めてのこと」ととらえれば、ともにわくわく感を楽しめるのではないでしょうか。

★「初めて」に慎重な子どももいる

 ある年の4月のこと。幼稚園に入園してきたAくんは一人っ子で、外遊びよりも部屋遊びが好きな子どもでした。声をかけて園庭に誘い、「すべり台で遊ぼうか」と言うと、「僕、いい」。「ジャングルジムはどう?」と言っても「ううん、いい」と、砂場にへばりつきます。ちょっとした予感があったので、「先生、そろそろすべり台に行ってみたくなったなあ」と何度か誘ってみると、「僕、高い所が怖いから、いいの」。あら、やっぱり!

 Aくんのお母さんからとても慎重なイメージを感じ取っていたので、もしかしたら「高い所は危ないから気をつけてね」という子育てをしていらしたのかもしれません。

 「先生が付いていてあげるから、絶対怖くないようにしてあげる」と約束し、最初はすべり台の階段を上るのはやめて、私がすべり台の横に立ち、下から1mほどの所から体を支えたまま下まで移動することから始めました。これを何度も繰り返したあと、次に、瞬間的に私が手を離し、1mをすべり下りる間に3回ほど支えるという段階を経て、次は下から2m地点からスタートして同じことを繰り返しました。

 この幼稚園のすべり台は階段の上にけっこうなスペースがあるので、次には一緒に上って、お友達が次々にすべり下りていくのを横目で見ながら、上で長い時間おしゃべりして過ごしました。そしてようやく、「それじゃあ、階段を下りようか。それとも、先生のお膝の上に乗って一緒にすべってみる?」と声をかけてみると、「下までずっと一緒? 絶対離さない?」の確認のあと、とうとう一緒にすべることができました。

 この日、私が付き合ったのはここまで。担任に話をつないでおいたので、その後数日は担任が一緒にすべってあげたようです。1週間後に行ったときはAくんのほうから「僕、すべり台、すべれるようになったよ」と報告してくれて、時々ブレーキをかけながらでしたが、上から一人ですべってみせてくれました。

 子どもの性格は一人ひとり違います。新しいことに物怖じせずに挑戦していく子もいますし、新しいことには慎重な子もいます。どちらも個性です。わが子が慎重なタイプだった場合、ほかの子と比べて「情けない」とか「臆病ね」と思って終わりにするのではなく、「慎重なんだな」と認めて、最初の一歩の不安感を取り除くお手伝いをするのが親の務め。園では先生がフォローしますが、おうちでの体験を増やしてあげられるのはお父さんお母さんです。

 慎重なタイプの子どもほど、「初めてできた」喜びは人一倍大きいものです。それが自信につながり、やがて「ちょっと不安だけど、頑張ってやってみようかな」という意欲につながっていきます。

 「今年は何をやってみる? 今から楽しみだね」「今年はお母さん、あれやってみたいな。一緒にやってみようよ」――お正月にそんな会話を親子でぜひ交わしてくださいね。幼児期にしかできない体験を逃してしまわないように! 素敵な一年になりますように。

(文:西東桂子/絵:山本花子)

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お年玉考

《2014年12月1日》

 今年も残すところ1か月。来年の話をすると鬼が笑うとか言いますが、来年になってからでは遅いのでお許しいただくとして、今回はお年玉の話題。

 幼稚園児には早いと思い、お金の話、お小遣いの話題は本コラムでは取り上げてきませんでしたが、お年玉のやりとりを始めているご家庭は多いことと思います。わが子に、甥っ子や姪っ子に、親戚の子に、お年玉をいくらあげようかと悩んだこともあるのではないでしょうか。仮に「わが家ではお年玉は小学生になってから」と決めていても、園児のわが子にお年玉をいただいてしまったら、どうします? 相手のご家庭にも小さなお子さんがいれば、お返ししなくていいのかと悩ましいことでしょう。

 今回は、私の周囲で、お年玉の金額ルールをつくっているご家庭の例をご紹介します。

★年齢が基準 その1

B Aさんのお宅では、お子さんへのお年玉は幼稚園入園後のお正月から渡し始めたそうです。基準は元旦時点での年齢×100円。3歳なら300円、6歳なら600円です。

 小学生になると、この基準額に一律1,000円が加算されます。7歳なら7×100+1,000=1,700円、12歳なら2,200円ですね。

 中学生になると、加算額が2,000円にアップします。13歳なら13×100+2,000=3,300円、15歳なら3,500円です。

 高校生になると、加算額は3,000円に。高3時、18歳のときが最大額となり、お年玉は4,800円です。早生まれだと4,700円が最大で、100円損したと思うかも? その後、専門学校、短大、大学に進んでも、お年玉はナシ。その年齢で就職する人もいますから、お小遣いは自分でアルバイトをするなりして稼ぎなさい、という方針です。

 ちなみにこのAさんは、私立幼稚園の園長先生です。お子さんたちはとうに独り立ちしていますが、将来生まれてくるかもしれないお孫さんに対しても、このお年玉ルールを踏襲しようと決めているそうです。

★年齢が基準 その2

 じぃじのBさんは、年長組の男の子を頭にお孫さんが4人います。息子さんと娘さんそれぞれに2人のお子さんがいて、同居はしていません。初孫が幼稚園に通い出した頃、「お年玉の額はその年その年で考えるのではなくて、どの孫に聞かれても明確に答えられるような基準をつくったほうがいいな」と思い至ったとか。

 Bさん宅のお年玉は、幼稚園年少では1,000円、年中では2,000円、年長では3,000円と、毎年1,000円ずつアップしていきます。これでいくと、中1のお正月には10,000円になり、以後はアップせず10,000円の定額制となって成人したら終了、という計画なのだそうです。

 4番目のお孫さんが中1になってからの数年間はお年玉で40,000円が飛んでいくことになりますし、5番目、6番目のお孫さんが誕生するかもしれず、年金暮らしのじぃじにはなかなか厳しい額?

 「いやいや、やり繰りもまた楽し、ですよ。やり繰りできなかったら何か仕事をみつけてでも、お年玉は確保していきたい」とBさん。もしかしたら、この心意気が老け込まない秘訣なのかもしれません。

★年齢基準のアレンジ版もあり

 Aさん流よりはもう少しお年玉をあげたいけれど、Bさん流の額だとちょっと厳しいかな、と思うのであれば、年齢基準をアレンジするやり方もあります。たとえば、
  幼稚園時代は年齢×100円、
  小学校時代は年齢×300円、
  中学校時代は年齢×400円、
  高校時代は年齢×500円、
  以後20歳(あるいは大学卒業)までは一律10,000円、
というふうに。

 このやり方は、ご家庭のお財布事情に合わせて臨機応変に額を変更できるところが長所です。また、年齢が基準なので、上の子からも下の子からも文句が出にくいという面もあります。

★年齢なんて関係ない! 今年は西暦何年?

 4人の子持ちのCさんの口癖は、「俺より子どものほうが小遣いをたくさんもらうなんて、おかしいぞ」です。大学生にだって1万円なんてとんでもない、と(笑)。子だくさんパパ、頑張れ!

 Cさん宅では子どもの年齢とは無関係に、お年玉の額が決まっています。もらえるのは幼稚園入園後からで、どの子も一律で「西暦の額」。つまり来月のお年玉は「2015円」というわけです。毎年1円ずつしか上がっていきませんし、もらう前から額は決まっていますから、子どもたちの側にいわゆる“わくわく感”はないのですが、パパはこのルールをいとこや親戚の子どもにも等しく適用したため、「そういうもんだ」と文句も出ないといいます。

 文句が出ないどころか、この家の長女(すでに成人)に話を聞くと、「確かにわくわく感はなかったけれど、パパ、いつも頑張って働いてくれてありがとうという気持ちになった。私が高校・大学に入るときは3歳下の妹の中学校・高校入学と重なり、妹のときも3歳違いの弟と重なるわけで、入学金や制服の準備など経済面で大変だったと思う。一番下はまだ小さいし。お年玉はもらえるだけでありがたかったですよ」と言っていました。

 パパの頑張りはちゃんと伝わっていたようですね。

 もらう額が100円だったり1,000円だったりする園児時代のお年玉ですが、ルールづくりは今のうちが肝心なのかも。小学生ともなれば、親からのお年玉は、愛情とわが家のお財布事情を伝えるかなり有効な手段になると言えそうです。

 お年玉の額をママだけ、パパだけで決めず、夫婦で語り合う話題にしてみてください。
 では、どうぞよいお年を。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


本と言葉と漢字、あれこれ

《2014年11月1日》

 近年、夏が長くて秋が短いと感じるのは私だけでしょうか。地球温暖化のせいなのか残念なことですが、(東京では)冷房も暖房もいらない過ごしやすい今の季節、秋の夜長に大好きな読書にふけるのは私にとってこの上ない楽しみです。
 今回は本や新聞、文字にまつわるあれこれを綴ります。

★潤いをもたらす読み聞かせ

Photo 小さいころから読書が好きでした。母に読み聞かせをしてもらったという記憶はまったくありませんが、気がつくと、その年齢にふさわしい本が家の中にころがっているという環境だったので、母なりの配慮があったのは間違いありません。その母はいま85歳になっていますが、図書館で本を借りて読書を楽しんでいると言っていますから、自分と同じように本好きの子どもに育てたいという目論見はあったのだろうと思います。

 私の世代では、家庭で読み聞かせをしてもらうことはあまり一般的ではなかったように思います。いまほど電化製品が普及していなくて母親たちは家事に忙しかったし、娯楽も少なかったので、子どもは、黙っていても本を読んだのかもしれません。

 でも、いまの時代は違いますね。テレビにゲーム、DVDにパソコンと、楽しむものがたくさんあります。読書好きになった小中学生の多くが「小さいころにお母さんに(幼稚園の先生に)よく本を読んでもらった」と語っていることが示すように、こういう時代では、読み聞かせの経験の有無は大きな影響を与えます。

 とはいえ、たくさん本を読んであげたからといって、その子が必ずしも読書好きになるとは限らないし、その逆もあるのが、子育ての不思議なところでもあるのですが、少なくとも読み聞かせをしてもらいすぎて本が嫌いになったという話は聞いたことがありません。

 普段、母親と子どもの会話はどうしても司令官と部下のようになりがちです。「ご飯だから、おもちゃを片付けなさい」「はい、司令官」「寝る前の歯磨きをしてきなさい」「はい、司令官」……。マナーやルールを教えたり、生活習慣を身に着けさせたりする時期ですから、それもやむを得ないこと。ただ、そんな会話ばかりではあまりに潤いがない毎日になってしまいますね。それを解消する方法の一つが読み聞かせです。

 物語の中で、日常と違う世界、風景、登場人物に接し、日常とは違う会話、発想、展開を楽しむ。それを親子で共有することで、子どもは大きな幸福感に包まれます。しかも、いつも忙しそうにしているお母さんが、読み聞かせという自分(きょうだい)のためだけの時間をつくってくれたのですものね。二重の喜びです。

★大人の読書は発見と刺激の空間

 話は変わって、今度は大人の読書の話。小説などはストーリーを追うだけでも楽しいものですが、一般書や新聞なら、出てくる言葉遣いや漢字について新たな発見をすることや、著者の考えに触発されることもよくありますね。

 私は編集者ですので一般の人とちょっと違うかもしれないのは、とりわけ誤字・脱字に敏感なこと。普通に読んでいるつもりでも、誤字・脱字があると無意識のうちに違和感を覚え、急ブレーキがかかります。同じ箇所をもう一度ゆっくり読み返すと、やっぱり誤字・脱字があって、「みぃつけた」なんて思ったりして(笑)。まぁこれは一種の職業病といったところですが、それでも読書自体は仕事とは切り離して考えていて、楽しくてたまりません。

 仕事で文字校正のために根を詰めてゲラ(出版前の校正紙)を読んでいるとき、ちょっと息抜きしようと小説を読む、と人に話したらあきれられたことがありますが、全然別物なのだがなぁ…。

 本や新聞を読んでいて「これは!」と思うと、メモを取ったり切り抜いたりしますが、ここ1年ほどで印象に残った新聞記事を二つご紹介しましょう。

 子育てではよく「子どもを叱るのはいいけれど、怒るのはよくない。なぜなら、怒るのは単に感情をぶつけているだけだから」という言われ方をしますよね。

 私もそういう理解はできているつもりでしたが、中村明・早稲田大学名誉教授の文章(朝日新聞14年8月30日「ことばの食感」)を読んで、ものすごく腑に落ちたのでした。その要旨をまとめると―。

 『風が「起こる」、国が「興る」、炭火が「熾(おこ)る」と共通して、「怒る」も語源的に、内部のエネルギーなどで動きが生じて外に現れることだ。腹立たしい気持ちが起こって外面化するという意味の自動詞だが、「部下を怒る」のように、怒りを対象にぶつけるという他動詞的な用法にも発展した。「親が子を叱る」「教師が生徒を叱る」というときには相手の将来のためにという教育的配慮が働いているが、「怒る」はあくまで当人の感情的な爆発である。それゆえ、「怒って飛び出す」「上司を怒らせてしまう」とは言うが、このとき「叱る」は使えない。また、「心を鬼にして叱る」とは言うが、このとき「怒る」は使えない。』

 いかがですか、とてもわかりやすい解説だと思いませんか。当人の感情的な爆発であるなら、そこには教育的配慮がないのも当然のことです。目指すべきは「叱る」です。

★横棒1本の違い

 読売新聞13年12月27日「編集手帳」も強い印象を残しました。筆者は絶妙のたとえ話を用いています。

 『一方通行の道を、向こうから逆走してくる車がある。正しいのはこちらだからといって、走り続ける人はいない。ブレーキを踏み、止まる。<正>と<止>は横棒1本の違いである。自分が正しくとも横棒は胸にしまい、事故を避けて止まらねばならない。』
 これは政治に向けての提言コラムだったのですが、車をママ友と置き換えても通用する話です。

 たとえば、Aくんが自分で転んでケガをしたのに、Aくんのママは「お宅のお子さんが押したからだと、うちの子が言ってます」とすごい剣幕で電話をかけてきた。こちらは悪くないからと「言いがかりはやめてください」なんて怒鳴り返してしまうと正面衝突ですね。ここは横棒1本を胸にしまい、「そんなふうには聞いていませんが、明日先生に伺ってみることにしませんか」と止まることができたら、お見事です。正論を主張しすぎると、よい結果を生まないこともあるのです。

 漢字というのは面白いものですね。<正>と<止>が横棒1本の違いであるのと同じように、<王>様然としていたママだって、ママ友への対応を一つ間違えれば<土>にまみれたり、<干>されたりしないとも限りません。そんなことにならないよう、最初から謙虚でありたいもの。だって、ママ友同士は子どもの保護者という点でそもそも対等な立場なのですから。<幸>せな園生活を<辛>いものにしてしまわないよう気をつけましょう。これも横棒1本の違いながら、天と地ほども違います。

 そして、どのママもわが子のことだけを考えるのではなく、<木>の上に<立>って広く<見>回すという姿勢で、次代を担う子どもたち全体を見守っていきたいものです。<木・立・見>で出来上がるのは<親>という漢字です。ホント、漢字って面白い。

 さて、新しい刺激を求めて、今日はどの本のページをめくりましょうか。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


ばぁばとの距離感は良好?

《2014年10月1日》

 秋は運動会、七五三、発表会、作品展など行事が多く、園児と祖父母との交流が増える季節です。ということは、ママとばぁばの接触も増えるということですね。実母か義母かで気を遣う度合は違うかもしれませんが、実母だから気を遣わなくてよいということでもありません。ばぁばとはうまく付き合っていると思っていても、ばぁばのほうでは何か思うところがあるかもしれません。

 当たり前ですがばぁばの性格もいろいろで、娘や嫁に気持ちをはっきり言える人、言えない人さまざまです。私にはまだ孫はいませんが、同級生の半分近くは孫持ちです。今回はそんな同級生ばぁばのつぶやきと、月刊「あんふぁん」のばぁば座談会出席者の発言から、その本音を探ってみました。

★お金を出すのはかまわない

Photo 七五三のお祝い、外での食事会、3世代旅行など、祖父母のお財布を当てにするママも多いですよね。ばぁばたちに聞くと、「それはいいの。孫のための出費は嬉しいものだから」と答えた人がほとんどでした。ありがたいことですね。

 ただし、「それが当然という態度には引っかかる」という声もわんさか。たとえば、こんな具体例が上がりました。

ランドセルを買ってほしいと言われ、一緒に買い物に行きました。そのあと外食することになり、今日ぐらいはご馳走してくれるかなと思っていたけれど、支払用紙がいつの間にか私の横に置かれていてがっかり。

七五三で神社に行き、帰りにホテルで会食しました。食事が始まる前に、包んでいったお祝い金を渡したのですが、席を立つとき、ママもパパも支払用紙を持つ気配がありません。思わず、「さっきのお祝い金で支払いなさい」と叫んでしまいました。

 やっぱり“おんぶに抱っこ”は行き過ぎのようです。孫のための出費は嬉しくても、それが気持ちよくできてこそ、です。祖父母世代は老後の資金を気にする世代でもあるわけですから、“適度”な甘えが大切ですね。

 ちなみに、娘・息子世帯に金銭的・物質的なサポートをすることについて、ばぁば140人に聞いたアンケート(複数回答)では、「サポートするのは嬉しい」37%、「将来を考えれば、サポートするのはお互いさまだ」31%、「サポートするのは当然だ」28%、「できればもっとサポートしたい」20%、「サポートする必要を感じない」18%、「サポートするのは大変だ」14%、「むしろサポートしてほしい」4%となっていました(6歳以下の孫を持つ全国のリビング新聞読者、2014年調査)。

★孫の世話を当てにしてくれていい

 ママが用事で外出するのに子どもを連れて行きにくいとき、パートの日なのに急に子どもが発熱したときなど、ばぁばに助けてもらいたい場合もあるでしょう。上記のアンケートで、孫の世話を頼まれたとしたら、どんな気持ちになるかを聞いたところ、「孫と触れ合えて嬉しい」86%、「娘・嫁を助けたい」63%、「世話をするのは仕方ない」36%、「迷惑に思うことがある」17%、「娘・嫁が世話するべきだと思う」1%という結果でした(複数回答)。

 まずはほとんどのばぁばが「当てにしてくれていい」と思っているようで、これもありがたい限りです。

幼稚園で流行っていることを話してくれたり、好きなテレビ番組を一緒に見たりして、時代に乗り遅れずにすんでいます。

博物館や工場見学、山登りなどに孫と一緒に行くと、一人のときより何となく心が豊かになるような気がします。

孫がうちに遊びに来ると、一緒にお菓子を作ります。おやつをすべて手作りしていた若い頃を思い出して元気が出るし、持ち帰らせるとお嫁さんも喜んでくれて二重に嬉しい。

 と、ばぁばの側もメリットを感じている様子。ママ側の子どもを預けたい理由が、美容院に行く、ママ友飲み会・ランチ会に参加する、バーゲンセールに行く、などどんなものであっても気にならないという理解あるばぁばが多いのも、昔と違って、ばぁば自身がそれらを楽しんでいる行動的な世代だからかもしれませんね。

 一方で、こんな声もありました。

孫を預かるのは具合が悪い(病気)ときだけ。ぐずったり泣いたり、何度も熱を測ったりと気が休まりません。ときには元気なときに遊びに来させてほしいと思う。

嫁は実家にばかり頼って私には何も言ってこない。寂しいです。

できる限りサポートしてあげたいと思っていますが、どうしても都合がつかないときもある。断ったあと、ぷっつりと頼んでこなくなったりして、気まずいです。もっと単純に「都合が悪いときもあるよね」と理解してほしい。

飲み会だって何だってかまわないのに、言いにくいのかギリギリになって頼んでくる。早く行ってくれれば対応できるのに。

 遠慮し過ぎは禁物だけど、ママは自分の都合だけで当てにせず、ばぁばの都合にも気を回すのが得策のようです。

★大事なのは感謝の気持ちを言葉に出すこと

 金銭サポート、物質サポート、子守サポートのいずれであっても、ばぁばにお世話になったらお礼をすべきです。「ありがとうの一言でいいんです。実の娘であっても、言わなくてもわかっているはず、ではなくて、言葉に出してもらいたい」というのが代表的な意見。どうやらママたちは妙なところで省エネしているようですね。

 きちんと「ありがとう」を言っている人も多いとは思いますが、次の三つの意見はぜひ心に留めておいてほしい内容です。

「お礼をしたいけど、何か欲しいものない?」と聞かれれば、「特にないよ」と答えますが、聞いてくれたこと自体がすごく嬉しい。

孫にプレゼントやお祝い金、家族に食べ物などを送ってあげたとき、息子がお礼の電話をしてくるけれど、嫁からはありません。普段、電話はかけにくいのであっても、用事があるときこそ話題があるのだから、お嫁さんから電話が欲しいなぁと思います。お礼というより、何気ない近況報告でいいのだから。

1年ほど前から、何か送ると婿さんから電話が入るようになりました。娘が「自分の実家にだけお礼を言ってないで、私の実家にもきちんと言って」と話したらしいです(笑)。娘とはよく電話で話すし、お礼も言われていたのであまり気にしていなかったのですが、婿さんに改めて言ってもらうとこんなに嬉しいものかと思いました。

 そして、言葉だけでいいのかしらと思っているなら、次の意見を参考に。

娘はお礼代わりに肩を揉んでくれます。肩こりの私にとっては何よりのプレゼント。

孫の入園、入学、お誕生日など、私たち夫婦が娘の家に出向くことが多いです。日中、車で行くので、あちらではコーヒー1杯しか出ないけど、お祝い金を包んで持っていくのだから、たまにはお酒好きのじぃじに「帰ったら飲んで」と日本酒の1本もお土産に持たせてくれたら株が上がるのになぁと思います。

父の日、母の日、私たちの誕生日、いつでもいいのだけど、ちょっとしたプレゼントがあったら嬉しいのになぁと思います。自分が親にやっていたので、ちょっと残念。

孫のバレエの発表会に誘ってもらったのに都合がつかず、お金だけ送ったら、お嫁さんからメールで動画が送られてきました。とても嬉しかった。

 結論として、ばぁばとの距離は、“甘え過ぎず遠慮し過ぎず”が基本と言えそうです。私はともに遠方に住む実母と義母に好みを聞いて、誕生日に実母には鉢植え、義母には切り花を毎年送っていました。届くとあちらから電話があり、ご無沙汰解消のよいきっかけとなりました。お宅なりのばぁばとのよい距離感を見つけてくださいね。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


江角マキコさんのブログに思うこと

《2014年9月1日》

 先ごろ、某男性週刊誌の記者から突然電話がかかってきました。用件は「江角マキコさんのブログについて、ほかの週刊誌が記事にしましたが、この件についてコメントをいただきたい」というものでした。

 江角さんが自身のブログに書いた内容が反響を呼んでいるのを皆さんはご存じでしょうか。7月30日付のオフィシャルブログに、「4年以上前にママ友から無視されたり、嫌味を言われたり、さまざまな噂話を流されたりしたけど、我慢して耐えた(要旨)」とお書きになったんですね。それをすぐスポーツ紙や複数の週刊誌、ネットニュースなどが「江角マキコ、いじめられていた?」とか「ママ友側からも反論」などと書きたてました。

 私は江角さんのフォロワーではないので、このブログの詳細は電話を受けたあとにチェックしたのですが、新聞に載っていた週刊誌の発売広告を見ていたので、記事が出ていることは知っていました。なぜ私にコメント依頼がくるのか? それは江角さんは現在小学生ママで、4年以上前となると幼稚園時代のことだからのようでした。

★取材を断ったワケ

Photo  その取材を受けたのかって? 速攻でお断りしました。お断りする理由が一瞬のうちに頭にいくつも浮かんだからです。

その1:江角さん本人にも相手側のママ友さんたちにも事実確認ができない以上、想像で物を言いたくない。

その2:私が(誰かが)コメントすることでこの話題が延々と続くようなことになる事態を避けたい(ストップさせたい)。

その3:男性週刊誌にコメントしても、本当に気持ちを伝えたい相手である、一般のごく普通の真面目なママたちに届くとは思えない。

 これらの理由を記者さんに伝えたところ、「それでも、たとえばブログのマナーなどをママたちに伝えることに意味があるとは思いませんか」と切り返されましたが、「お宅の読者は男性がほとんどじゃありませんか」と聞き返すと、わかってもらえたのでした。

 そんなこともあって、このコラムで一度だけ、私の見解を述べておこうと考えました。

★噂話を流されても、無視しよう

 身に覚えのない噂話を流されたり、「あなたの悪口をAさんが言っていた」とBさんから聞かされたとしても、ベストな対応は「放っておく」です。それが大人の流儀というものです。悔しいかもしれませんが、根も葉もない噂なら、いずれ消滅しますから。

「あなたの悪口を○○さんが言っていた」と報告してくれたBさん本人がAさんを嫌っていて、誇張して伝えたということだって考えられます。Bさんはその気持ちをあなたに共有してもらいたかったのかもしれません。でも、そういうことを言ってくる人はもともと噂好きであることが多いのです。Bさんに「それは事実ではないわ」と答えると、それをまた「○○さんはこう言っていた」と噂されるのが落ちです。

 噂を流した張本人が誰だかわかっている場合、面と向かって文句の一つも言ってやりたいと考える人もいるでしょう。でも、その人が「張本人は私だ」と認めると思います? 悪意があったか軽い気持ちで言ったのかはさておき、文句を言うあなたにきっちり詫びてくれる人は非常に少ないと思います。「私ではない。私も噂で聞いたのだ」と誤魔化して、窮地をしのごうとする人が圧倒的に多いはずです。

 そう言われてしまったら、あとは水掛け論。さらには「あの人ったら、証拠もないのに私が噂のモトだと怒鳴り込んできたのよ」と噂の追い討ちをかけられるかもしれず、いいことは一つもありません。信頼の置ける仲良しママに「事実と違う」と言っておけば十分です。
“言われ損”のようで頭にくるかもしれませんが、あなたが大人の態度を取っていれば、本当の友達は離れていくはずもなく、言い換えれば、本当の友達が残っていくのです。

 実は江角さんも、「静かに耐えていると助けてくれる人ができ、人付き合いがシンプルになりました。いろんな人に自分を正しく知ってもらうなんて、まず無理と悟ると、本当に無理をしないで付き合える新しい友人との、素晴らしい出会いがいくつもありました(要旨)」と同じ日のブログに書いています。この出会いを大切にして、過去のことを超越してしまえば、もっとよかったのになぁと思います。ブログのこの日のタイトルだって、「人は人、自分は自分」だったのですから。

★噂話を耳にしたら、自分のところで止めよう

 噂話は本人のいないところでされるものですから、大抵は悪口ですね。自分のいないところで噂をされたら、誰だっていい気持ちはしません。この感覚を忘れないでいれば、いない人の噂話はしないと決意できませんか?

 自分は決意できたとしても、居合わせた別の人が噂話を始めてしまったら、さりげなく「用事があるから」などとその場から遠ざかるのがスマートです。悪口の場にいたら、「よく知らない人の話だったから同意はしていない」という言い訳は通用しません。よけいなトラブルを避けるためにも、輪から離れましょう。

 そして、聞いてしまった悪口は、他言しないのが鉄則。そのまま忘れてしまうのが一番です。たまたま噂の主が仲良しのママだったからといって、告げ口してはいけません。あなたは「本人が知らないのは気の毒だから」という気持ちであったとしても、相手のママにしてみれば、「仲良しだと思っていたのに、不愉快なことを言ってきた」と幻滅されてしまわないとも限りません。

「あの人は噂話に乗ってこないね」という評判が立ったら、それは勲章。いつの間にか信頼される存在になっていくと思います。

★メディア・リテラシーを持とう

 今回、ネット検索をしていたら、こういう論調の投稿がけっこうありました。いわく「江角マキコは発言力のある有名人なのだから、反論できない一般人を相手にブログで糾弾するのは間違っている」。

 思わず納得してしまいそうですが、実際には“一般人”である相手側のママたちも週刊誌を使って反論しました。反論は文書で提出された形でしたが、ただし、そこにあったのは「保護者有志」という文言。有志は全員のことではありませんから、当時同じ幼稚園に子どもを通わせていて、別の考えを持っているママもいるということです。

 一方で、こんな投稿もありました。いわく「江角マキコの相手は一般人ではなく、某有名人ママという噂も」。

 噂はこうやって広がっていく、の見本のようですね。インターネットを含め、メディアにはさまざまな情報があふれていますが、それをすべて信じるかどうかはあなた次第。この、情報メディアを自分で評価し、識別する力をメディア・リテラシーといいます。情報の真偽を自分なりに見極めるだけでなく、その情報を発信した側の意図を読み取って、取捨選択していく力のことです。

 大手新聞でも誤報を出して「お詫び」を掲載することがあるのですから、情報の真偽を見極めるのは簡単なことではありません。しかし、世の中にあふれている情報をいつもいつも鵜呑みにしてしまうのは危険なこと。「本当かな?」と一度は考えてみることが求められていると言えるのではないでしょうか。

 冒頭で、私が取材を断った理由の一番目に「情報の確認ができない」を挙げたワケがわかっていただけたことと思います。

★ママ友だって、期間限定というわけじゃない

 さて、ここまで読んで、「ママ友付き合いって、ウザい!」と思ってしまった方もいらっしゃるでしょうか。あえて申し上げます。ウザい中から得るものがある、と。これは私の実感です。

 今、私の子どもは成人していますが、幼児期に子育ての苦楽を共にしたママ友たちと長いお付き合いが続いています。「あのころはあんな小さなことで悩んでいたよね」と笑って話せる友達がいるのはなかなか楽しいことですよ。

 小学校のママ友たちとは、卒業後10年以上たった今でも、ときどき学年同期のママ同窓会を開きます。今年の参加者は20人弱でしたが、30人以上集まった年もあります。話題は年を重ねるごとにだんだんと子どもの話から離れ、今ハマっている趣味や再就職のこと、親の介護や自分の健康についてなど、どんどん広がって笑いが弾けます。いい年をしたオバサンたちですが、「私たちだって、女子会よね~」と笑う、笑う。

 ある時期の子育てを共有した仲間がいる喜びを想像しながら、今、その土台づくりをしていると思って、毎日を前向きに楽しんでくださいね。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


夏休み中にお片付けの達人になろう

《2014年8月1日》

 最近、整理収納アドバイザーの方のお話を聞く機会が偶然2件続きました。片付けが得意とは言えない私にとって、「へぇ、なるほど」と思う話題がいっぱい。今回はその中からいくつかご紹介しましょう。時間がたっぷりある夏休み、親子でお片付けをするよい機会では?

★片付けが苦手なママの子は、やっぱり苦手?

1  整理収納アドバイザーの有賀照枝さんは、整理収納のコンサルティングを依頼されて、子どもがいるご家庭によく出向きます。アドバイザーに依頼するくらいですから、片付けが苦手だと自覚しているママだということでしょうが、有賀さんは最近感じることがあると言います。それは、「ママが片付けが苦手だと、子どもも苦手」ということだそう。

 でも、がっかりするのは、まだ早い!
 ここで言う「子ども」は小学生以上を指しているとのことです。幼稚園児が片付けが苦手だとしても、それは単に片付け方を知らないだけなので、基本を教えてあげると、ママより早くコツを飲み込むのだとか。

 その理由を書く前に、まずは片付けの基本ルールを押さえておきましょう。有賀さんは、「要らない物を捨てるのはなかなか難しいので、まずは分けることから」を勧めています。使っている物と使っていない物に分け、使っていない物を処分するかどうかは後で決めればいいのです。

●片付けの基本ルール

1、ある場所を選び、そこにある物をすべて1カ所に出す(ここでは子ども部屋を例にとりましょう)。

2、使っている物と使っていない物に分ける。たとえば子どもに、使っているおもちゃと、使っていないおもちゃに分けさせる。おもちゃ以外の子ども用品は、「1年間で使った物、使わなかった物」でママが仕分け。

3、使っている物を、今の暮らし(住まいの広さなど)に合う量にする。基準は「おもちゃ箱3つまで」など収納スペースに合わせて決めるか、「○○は何個まで」と数で決めるかのどちらか。使っていない物は、段ボールなどにしまい、後日判断。

4、量が決まったら、グループに分ける。たとえば「アイテム別…ぬいぐるみ、絵本、ブロックなど」、「場所別…引き出し、クローゼット、押入れなど」、「目的別…通園用の物、習い事用の物など」、「使用頻度別…毎日、週1回(習い事)、季節(水着、コート)など」。

5、すべての物の置き場所(戻す場所)を決める。

6、決めた場所に収納していく。収納ケースなどのグッズを買うのはこの段階がよく、きちんとサイズを測って買う。先に収納グッズを買うのは失敗のもと。

7、最低でも年に1回は見直す。進級した、下の子が生まれたなど生活の変化に合わせて、物の量や分け方など、土台から見直す。

 この2番のところの「使っている物と使っていない物に分ける」作業で、いちばん手際がいいのが幼稚園児なのだそうです。ママや小学生は、「う~ん、どっちに分けようかな」と悩んでしまうことが多いと。悩むママに、幼稚園児が「ママ、それ全然使っていないよ。使っていない物のほうに入れなくちゃ」とアドバイスすることがよくあるそうです。反対に、子どもが「使っていない物」に仕分けたおもちゃを、ママが「え~、ダメよ、それ高かったんだから」と口出しすることも。

 有賀さんは、幼稚園児の割り切りの良さを「人生経験が少ないぶん、迷いが少ない」と表現しましたが、肝心なのは、「迷いが少ない年齢のうちに、片付けの習慣をつけてしまうこと」なのです。

 もちろん、子どもが迷いなく仕分けてしまった物のうち、「捨ててはいけない物、近い将来また必要になる物」はママが判断し、その理由を説明してあげてください。逆に、子どもが残した物をママが勝手に処分するのは厳禁で、子どもの判断を尊重して、よく相談してくださいね。

★物を大量に買い込む理由は「不安」

 有賀さんによると、片付けが苦手な人はやはり物をたくさん持っているそうです。なぜ物が増えてしまうのか?

 いちばんの理由は「不安から」だそうですよ。収納整理が苦手な人は、収納アイデア本をいっぱい買い込んで場所をふさいでいる(でも読むわけではない)。掃除が苦手な人は、掃除グッズを山ほど持っている(でも活用していない)。太っていて膨張色の服を着ることに不安を感じる人は、黒色の似たような服ばかり買い込んでしまう(でも着ない服も多い)。ファッションセンスに自信のない人は、これは似合うと思うと同じ服を色違いでたくさん買い込んでしまう(でも着ない服も多い)。いかがです? 心当たりのある人も多いのではないでしょうか。

 上記の1番で、場所を決めてそこにある物を全部出すというのは、自分は何に不安を感じて物を買ってしまうのかを客観的に理解するための作業です。不安のもとがわかれば、次の買い物のときに自制することができますね。

 単に「買い物好き」の人もいますが、上記の3番で「今の暮らしに見合った量」を一度でも考えたことがあれば、抑止力になります。

★要らない服を仕分けるには

 整理収納アドバイザーの丸山俊江さんは、要らない服を仕分けるのによい方法を教えてくれました。クローゼットにかけてある服の中から選んで着たら、右端に戻す。次の日に着た服も、また右端に戻す。これを習慣づけると、そのシーズンに着なかった服が左側にたまりますから、その中から喪服などの必需品を除いた物が不用品。これ、私もやってみましたが、一目瞭然で判断できますのでお勧めですよ。

 クローゼット以外でも、収納ケースや引き出しでも同じやり方ができます。着た服をいちばん右の収納ケース、いちばん上の引き出しに戻して、やってみてください。子どもの服も同様にやってみると、左側(いちばん下)に残るのは子どもが嫌いな服や小さくなった服です。下の子に着せようと思うなら、今は使わないので段ボールへ。あるいはお友達に譲ったりバザーに出すなどして処分しましょう。

★片付けの効果は

 片付けをすると、家の中がすっきりしますね。居心地よく感じるものですが、それには理由があります。人間の五感のうち、視覚が占める割合が83%もあるからです。脳科学的に、視覚を通して感じる心地よさは絶対的に大きいと証明されているのだそうです。外出先から帰宅して、ぐちゃぐちゃの家を目にすると身も心も休まらず、自分を痛めつけているのと同じなのだとか。

 なかには「片付いていなくても平気」というママもいるかもしれませんが、「それは麻痺しているだけ」と有賀さん。「すっきりした環境に身を置いたことがないからですよ。片付けてみて、初めてわかるものです」。

 さぁ、夏休みを有効に使うしかありません。あ、言い忘れましたが、最も重要なのは、基本ルールの5番、6番です。使い終わったら、必ず決めた収納場所に戻すこと。「後で」はいけません。そうすると、探し物をしなくなる、転倒・防火など危険回避につながる、などなどおまけがたくさん付いてきます!

(文:西東桂子/絵:山本花子)


父親であることを楽しむために

《2014年7月1日》

 今年の父の日は6月15日。日曜日のこの日、あるいは前日の土曜日に父の日参観を実施した幼稚園も多かったことでしょう。父の日参観では、普段の保育の様子を参観するだけではなく、父子で工作などの共同作業をする園、一緒に体を動かす園など、それぞれに工夫したプログラムが組まれていたと思います。

 なかにはお父さん向けの講演会を企画する園もあり、私も講師に呼ばれてお父さんにお話をしてきました。同じ時間帯にサッカーW杯日本×コートジボワール戦があり、会場は閑散としているのではなかろうかと心配していたのですが、お父さんの子を思う気持ちは強かった(笑)。

★お父さん、担任の名前を知っていますか?

Photo 満席の会場に胸をなで下ろしながら、私がお父さんたちに最初に聞いたのは、「担任の先生の名前をフルネームで言えますか?」。意地悪にも、お父さんの“子育て情報度”を確かめようとしたわけです。サッカーより強い父の愛に期待を込めた質問でしたが、コートジボワール戦と同じくらい残念な結果となりました。パッと手を挙げたのは5~6人。100人ちょっとの参加者だったと思うので、数%ということになりますか。

 講演会の前には保育参観があったのですから、そのときに担任の先生の名前を知っていて参観するのと、知らないまま参観するのとでは充足度も違ってくると思うのですけどね。何より、先生の名前を知っていれば、わが子と会話をするときだって話題そのものが違ってきます。「○○先生って素敵だね」と言うだけで、笑顔の会話が増えるはず。

 私の質問が「担任の先生のフルネーム」だったので、ここは、姓だけ、または下の名前だけは知っているというお父さんが多かったのだと信じることにしましょう。

 実はこの質問、月刊「あんふぁん」7月号の巻頭特集「磨け! パパ力(ぢから)」の中で出題しているパパ力検定10問中の1問です。パパ力検定を実施しているNPO法人ファザーリング・ジャパンとあんふぁん編集部とのコラボ企画でした。ほかにも「わが子のお友達の名前を3人書いてください」という質問などがあります。今このコラムを読んでいらっしゃるのがお母さんだとしたら、早速お父さんに挑戦してもらって、そこから家族の会話を増やしていってほしいと思います。

★ファザーリング・ジャパンの取組み

 そのファザーリング・ジャパン(FJ)について、ちょっとご紹介しましょう。2006年に設立されたFJのスローガンは、「父親が変われば、家族が変わる。地域が変わる。企業が変わる。そして、社会が変わる」というものです。「父親であることを楽しもう!」と、設立者であり今月から再び代表理事を務める安藤哲也さんをはじめ、お父さんたちが立ち上げた組織だという点が、画期的でした。父親支援事業を展開することを目的として設立後、父親向け講演、企業向けセミナー、父子向け絵本の読み聞かせキャラバンや父子クッキング講座など次々と行動を起こし、“イクメン”という単語を広めたことは皆さんよくご存じだと思います。

 その後は“イクジイ(孫育てするお爺ちゃん)”や“イクボス(部下の私生活を応援し、自らもワーク・ライフ・バランスを楽しみ、なおかつ業績責任を果たす上司)”の養成講座も開催し、これらの単語も徐々に市民権を得てきました。父の日には各地で支部主催のイベントが行われたようです。父親が父親であることを楽しむためには、母親が母親であることを楽しむことも同時並行的に進んでいかなくてはなりませんから、最近ではお母さん向けや両親向けのイベントも用意があります。

 さらには、父子家庭を支援するフレンチトースト基金、児童養護施設で暮らす子ども・そこから巣立つ子どもを支援するタイガーマスク基金や、学生・未婚者層に結婚・出産・子育ての楽しさを伝えようという啓発事業や出張授業などを展開し、さすが男性の視野は広いと感心しています。余談ながらこれは私見ですが、女性は短期計画を立てるのが得意で、男性は中長期計画を立てるのが得意です。企業・職場などでの訓練・経験の賜物だと思いますが、私などは企業で訓練を受けても、広い視野・長期的な展望をもって計画を立てるのは苦手で、得意な人を心底うらやましく思うことがあります。

★笑わないお父さん

 話を元に戻しましょう。FJの安藤さんとは年に数回お会いする仲ですが、昨年12月に出版された彼の何冊目かの著書『父親を嫌っていた僕が「笑顔のパパ」になれた理由』(廣済堂出版・ファミリー新書)を読んで、共感する部分が非常に多くありました。

 今回はその中から二つについて触れます。一つは、安藤さんがFJを設立する動機の一つともなった、「出前絵本おはなし会」で目にしたお父さんの姿です。

 彼はFJの前に「パパ’s 絵本プロジェクト」という絵本の読み聞かせボランティアをスタートさせていますが、その会場で笑える絵本を読んで、みんながゲラゲラ笑っている中、クスリとも笑わないお父さんがいることに愕然としたといいます。その隣に座っている子どもも心から笑っていない。みんなが笑うと「笑っていいのかな」という眼差しで父親を見上げるのだけれども、お父さんは表情を変えない。どこの会場にもこういう父子がいて、しかも、その数が増えていくような印象があり、「家庭に笑顔がないから子どもが笑い方を知らないのではないか。このままではまずい。笑っている父親を増やさなくては」と焦ったと。

 実は私も、お父さん向けの講演会などで同じことを感じます。お母さん向けの講演会では、大きな笑い声が上がったり、何度もうなずいて首振り人形のようになったりする人がたくさんいるのですが、お父さん向けの講演会では笑い声も少なく、無表情で反応しない人がけっこういます(話が面白くないせいかも、というのはこの際無視してください)。もちろん、熱心にメモを取るお父さんも嬉しいことにいらっしゃいますが、「とりあえず妻に言われたから来るだけ来た」という人が多い印象はぬぐえません。

 FJには「父親であることを楽しむための極意6カ条」というのがありますが、その第1条は「父親になったらOSを入れ替えよう」です。OSとは生き方。パソコンがバージョンアップしないと使えなくなってしまうように、父親も父親になる前のOSのままだと、子どもが成長したときに父親として認めてもらえないかもしれませんよ、というわけです。夫婦から家族に変化したのに合わせて、いまからでもOSの入れ替えにチャレンジし、楽しい会話が交わされる家庭を創出してほしいと思います。

★ロールモデルがいなくとも、ロールモデルになることはできる

 共感したことの二つ目は、安藤さんが書く「子どもにとってのロールモデル(模範・手本とし、学習する人物)は親だけ」という視点。書名にもあるように、お父さんが嫌いだった安藤さん。お父さんはもう他界されていますが、妻(安藤さんのお母さん)への言葉の暴力がひどく、家族のために家事を手伝うことも、笑顔あふれる温かな団らんも家族旅行もなかったといいます。そして、お父さんをロールモデルではなく反面教師にする形で、FJを設立したのだと。自分は父親のようにはならずに、子どものロールモデルにならねば、という気持ちだったそうです。

 ロールモデルにならない親をもってしまった場合、安藤さんのように「自分は親とは違う道を行くぞ。オヤジはやってくれなかったけど、やってもらいたかったことを子どもにしてやろう」と考えられる人ばかりだとよいのですが、実際にはそううまくはいかず、知らず知らずのうちに親と同じことをしてしまいがちです。

 身近な例では、私の父も安藤さんのお父さんさんとそっくりの暴君で、その父(私の祖父)とまるで同じように妻に暴言を吐いていました。私の夫は父親が船員だったためにほとんど一緒に過ごした記憶がなく、自分が父親になったときに父親のあるべき姿をイメージできず、子どもとどう接していいのかわからないと言っていました。

 こういう、親と良い関係性を築けなかった人は少なくないと思いますが、特効薬は「吐き出すこと」だと安藤さんは提言しています。男性は女性に比べて弱音を吐くのが苦手だけれど、仲間を見つけて、「俺はオヤジが嫌いだった」「同じことをしそうで怖い」「どうしていいのかわからない」と、心情を吐き出す場を確保して、と。悩めるお父さんは本書の一読をお勧めします。

 今回はお父さんのことを書いてきましたが、女性だって同じこと。ロールモデルにならない母親をもった人が、「私は自分の親とは違う道を行くわ」「母親のあるべき姿がわからない」と考えるケースもあるでしょう。

 親ですから、大なり小なりみんな子育てに悩んでいますが、いまは思い描いていた親像と異なる自分であっても、「子どもは親である自分を見ている」と意識するところから、いろいろなことがスタートするのではないかなと思います。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


わが子か、教え子か―入学式担任欠席報道から考えたこと

《2014年6月1日》

 今は6月ですから、4月8日の出来事はすでに旧聞でしょうか。
 この日、埼玉県の県立高校で入学式があり、4つの高校で新入生の担任教諭各1名が有給休暇を取って入学式を欠席しました。理由は、わが子の入学式に出席するから。入学式に出た埼玉県議がFacebookに投稿したのがきっかけで、地元紙が報道。投稿の内容は、「(前略)新入学生の思いも考えず私事の都合で簡単に職場を放棄する態度には憤りを感じざるを得ませんでした。本当に怒り心頭です。教員の責任感や倫理観、モラルとはどうなっているのでしょうか?(中略)教員は、教育という一番大事な事柄を担っているということを自覚してもらいたいです」というものでした。

 その後、ネットのニュースサイトやテレビ、大手全国紙にも取り上げられ、特集を組んだ週刊誌もあって大きな話題になりました。それにより、入学式当日、教育委員会に複数の保護者から苦情が寄せられていたことも判明しました。
 皆さんも報道を目にしたと思いますが、どう思われたでしょうか?

★入園式に担任がいなかったら

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 私がまず思ったのは、「幼稚園の入園式に担任教諭が欠席するなんて、聞いたことがないなぁ」ということでした。

 幼稚園は学校教育法に書かれている「学校」の最初に登場する教育機関ですから、入園式は学校教育のスタートの記念すべき行事です。そこに担任がいないなんて、ちょっと考えられない事態。もっとも、私立幼稚園の先生は全体的に若いので、わが子が入学式を迎える年齢の先生が少ないという事情もあるとは思いますが。

 幼稚園では、入園式での新入園児の不安を少しでも軽減しようと、事例は少ないですが、入園式前に担任が家庭訪問をして“面通し”をしておく方法をとっている園もあります。そんなことまで考えるのですから、入園式に個人の理由で欠席することはまずないだろうと想像できます。

 私が次に思ったのは、「その欠席した教諭は、わが子の入学式に出席して、もしわが子の担任が欠席していたらどう思うのだろうか?」ということです。「担任がいないなんて!」と思うのか、「自分も欠席したのだから事情はわかる」と思うのか、こればっかりはご本人に聞いてみないとわからないことですね。

 欠席批判派の先頭に立った形の“尾木ママ”こと教育評論家で法政大学教授の尾木直樹さんは、入学式には教師がすべき大切な役割がある、と主張しています。欠席擁護派にはワーク・ライフ・バランスを研究する人たちが多かったようです。主張を要約すると、「有給休暇を取るのに理由はいらない」。

 インターネットによる意識調査では、一般市民の意見はほぼ半々でした。なかには「校長の許可が出ているのだから担任本人を責めるべきではない」「自分の子どもが一番大事なのは当たり前。そう考えないような教師にわが子を任せたくない」というコメントもありました。

 そうこうするうち5月5日には、プロ野球巨人の原監督が父親の緊急入院に伴い、ヘッドコーチに代役を頼んで試合から離脱したという報道もありました。

 朝日新聞によると、プロ野球には、シーズン中に監督や選手が家族の危篤や死去などを理由に休める制度はないそうですが、各球団の判断に任されており、これまで離脱を球団から反対された例はないとのこと。一方、大リーグには選手の家族の危篤や死去に際して「忌引休暇」があり、選手が申請すれば取得できるそうです。この制度は監督やコーチには適用されませんが、実際は「野球より家族優先」の考え方が根付いているとか。

 制度の有無は別にして、日本のプロ野球でも大リーグでも、自分の判断で離脱せず、現場にとどまった選手や監督もいます。

★仕事も大事、個人も大事

 この問題、とっても難しいですね。職業が教師や野球選手でなくても、あるいは家族の介護をしている人などでも、子どもの入学式に出席できない人はたくさんいます。

 自分のことで言えば、子どもの入園式・入学式にはすべて出席することができました。でも、講演を頼まれていた日の前夜、子ども(当時2歳)が高熱を出し、夜中に親友に電話をして翌朝7時に家に来てもらい、後ろ髪を引かれながらも出かけた経験もあります。夫は出張中でした。また義父の葬儀の際は書籍編集の締切のときで、お坊さんが到着するまで片隅で仕事を続け、なんの手伝いもしなくて親戚じゅうから白い眼で見られたこともあります。どちらも「仕事上の自分の代わりがいなかったから」です。

 代わりがいるか、いないかを判断するのは、その人本人にしかできないことだと思います。入学式を欠席した高校教諭は、「式には自分がいなくても大丈夫、その後の高校生活でフォローできる」と考えたのでしょうし、原監督も「試合には自分がいなくても大丈夫、ヘッドコーチや選手に任せられる」と考えたのでしょう。実際、その試合では巨人が勝っています。

 ただ、たまたま私が昨日取材した人がこんなことを語ってくれました。その人は幼稚園か保育園の先生になりたくて短大の保育科に通っていましたが、保育実習で通った園の園長先生に実習最終日にこう言われたそうです。「あなたの子どもへの接し方は安心して見ていられる。だけど保育者は子どもと遊んでいればよいわけではない。人生の最初の段階で、人間としての基礎・基盤を作ってあげる仕事だということを忘れないで現場に戻ってきてほしい」。

 その人にはずっしりこたえた言葉だったそうです。自分はそこまで考えていなかった、そこまで腹が据わっていなかった、こんな中途半端な考えで保育者になってはいけない、と思い、方向転換。卒業後、別の学校に入りなおして、今は別の職業で大成していらっしゃいます。

 自分の職業に対して腹が据わっているか。これも一つの判断材料かなと私が思ったのは確かです。この女性に取材したことが、このテーマを書く動機となりました。私なんぞ、保育者向けの講演では「担任が休むと子どもたちがどんな気持ちになるか想像してみてね。風邪で休んだりしないよう体調管理も教師の仕事ですよ」なんて大声で言っていますから、ちょっぴり偏っているかも…。

 しかし、個を犠牲にして仕事をせよなどと言うつもりもありません。高校入学式の件では、このような状況が見込まれる教諭を事前に新入生の担任から外しておくような人事はできなかったのか、とも思います。結論は出しにくい問題ですが、個人攻撃ではなく全体で考えていく事柄に“昇格”するとよいなと思います。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


ママ友おつきあいマナードリル

《2014年5月25日》

西東桂子さんの監修本が発売されました

 本コラムの筆者、西東桂子さんが監修した『ママ友おつきあいマナードリル』が5月20日に発売されました。主婦の友社刊、1,080円(税込)。幼稚園入園後から小学校入学後まで、子どもがらみのおつきあい・人間関係で迷うこと、困ったことを、一問一答式で掲載しています。幼稚園やママ友づきあいでありがちなシチュエーションをもとに、やりがちなNG例と、好印象を与えるOK例をドリル式で解説。また、保護者会での自己紹介や、連絡帳・通知表の通信欄など、何を書いていいか困りがちなものの文例も収録。困ったときにさっと読める内容で、ママの心を軽くする本です。(編集部)

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親と子のお出かけマナー

《2014年5月1日》

 お出かけ日和のいい季節になってきましたね。今年のゴールデンウィーク、どんな計画を立てていらっしゃいますか?

 親子での外出は、けっこう周りから注目されているようです。少し前の記事ですが、2年前のちょうど今頃、日経新聞土曜日別刷り「NIKKEIプラス1」の「何でもランキング」で、親子の振る舞いについて取り上げられていました。2年たっても、内容的にはちっとも古びていないと感じます。

 親子の「どうかな」と思う振る舞いと、「いいな」と思う振る舞いがそれぞれ10位まで挙げられていましたが、ここでは「どうかな」のほうだけご紹介することにします。(2012年4月中旬調査。20代、30代、40代、50代、60歳以上で各200人の計1000人。男女同数)

★電車や飲食店で騒ぐ子をなんとかせよ!

 親子の「どうかな」と思う振る舞いワースト10は以下のとおり。

第1位 電車や飲食店で子どもが騒いでいるとき、自由にさせる
第2位 おもちゃや服、靴の片付けを親がやる
第3位 お店で自由に商品にさわらせる
第4位 外出中、親が携帯電話に夢中
第5位 食事の際、子どもがゲームをしている
第6位 外出先で子どもが泣いているとき、そのままにする
第7位 混んでいる電車やバスで優先座席に子どもを座らせる
第8位 他人の前で子どもとしゃべるとき、赤ちゃん言葉を使う
第9位 子どもの学校の成績を自慢する
第10位 子どもの宿題を時々親がやる

Photo_2  第1、3、4、6、7位は外出中のこと。第5、8位も外出中にあり得ることで、10項目中7項目もが「お出かけマナー」に関することと言ってよいと思います。私もそうですが、外出先では、ちょこちょこ動き回る子どもにどうしても目が行ってしまうので、感じる事柄も多くなるのでしょう。

 このランキングからは、子どもが騒いでいても泣いていても、我関せずで携帯電話(スマホ)に夢中になっている親――そんな情景が浮かび上がってきますね。いえいえ、あなたのことではありません(笑)。

 でも、お出かけ時は子どもにさまざまなことを教えるビッグチャンスでもあるのですし、何より、親子でのお出かけは子どもにとって最高の楽しみです。スマホではなく子どもの手を取って、目を見て、実のある親子の会話を交わしてほしいものです。

★正しいマナーを事前に子どもに話しておく

 子どもにお出かけマナーを身につけさせたいと思うなら、たとえば電車やバスなどの公共の乗り物を利用するときに、「こういうことをするのは、こういう理由でいけない」と、事前にきちんと話しておくことが肝心です。一度言ったから大丈夫と思わず、乗るたびに事前確認をします。

 たとえば、「車内で動き回っていると、急に止まったときにケガをするから、つかまって動かずにいようね」「大声を上げたり泣きわめいたりすると、眠っている人や具合の悪い人、本を読んでいる人たちの迷惑になるからやめようね」「子どもは元気だから、お年寄りや具合の悪い人に席を譲ろうね」というふうに。また、「ケガをしたら、お出かけは即中止。それはがっかりだよね」「あなたが具合が悪いときに、すぐ近くで大声を出されたらイヤでしょう?」と自分のこととして考えさせると、伝わりやすくなります。

 幼稚園の遠足やお泊まり保育などで公共の乗り物に乗るときにも、先生は事前にマナーを話して聞かせます。「遠足に行けるのは元気な子どもだからだよね。元気だから座らずに立っていられるはずだけど、やれるかな?」といった先生の言い方は、親にも使えますね!

 2~3歳以下だと言ってもわからない場合や、体力がまだついていなかったりして立っているのが難しいこともありますが、年中組くらいになれば言って聞かせれば頑張ります。マナーを教えもせずに、まずい場面になったときに頭ごなしに叱ったのでは、子どももたまったものではありません。

 あるとき、こんな体験をしたことがあります。電車に乗って座っていたところ、たまたま私の目の前に、おばあちゃんと5~6歳の男の子の二人連れが立ちました。車内はちらほらと人が立っているくらいの混み具合です。私は男の子に言いました。
 「おばちゃんね、おばあちゃんに席を代わってあげたいと思うんだけど、ぼくは立っていられるかな?」

 彼が「うん」と答えるのを聞いてから、私は席を立ちました。子どもにかかわる仕事をしているから臆面もなく言えたことかもしれませんが、子どもは話せば理解するものです。ただし、頭ではわかっても、ぐったり疲れていたら立っているのはもちろん、機嫌良くしていることすら無理なので、子連れのお出かけは疲れ切る前に、余力を残して帰路につくのが得策です。

★権利の主張だけでなく配慮も忘れまい

 話は変わって、国交省ではベビーカーをたたまずに電車やバスに乗ることを認めるという発表をしました。子育て世代にやさしい社会であってほしいと願っていますから、このこと自体は一歩前進と言えるでしょう。
 でも、ここにもマナーは必要だと思うのです。

 私が普段よく使う私鉄電車は、先頭車両が混雑し、ラッシュアワーの混雑度は200%を超えるかというほど殺人的です。ある日、朝の通勤時間のこの先頭車両に、開いたままのベビーカーが乗っていました。向かい合わせのドアの真ん中辺だったのでその辺りには手すりもつり革もなく、ベビーカーの周りに立ってしまった人は押されても体を支えるものがなくて、赤ちゃんの上に今にも倒れ込みそうな按配です。

 乗り換えターミナル駅に着くと、さらに人が乗り込んできます。ホームからはベビーカーのある辺りが空いているように見えるため、「中に詰めろよ」と罵声が飛びます。そのとき、降りた人が駅員さんに告げたのでしょうか、乗り込む客を制して駅員さんが車内に入ってきて、ベビーカーの持ち主の若いママに「ここは危険だから」と一旦降りるよう指導がありました。ママは素直に従いましたが、ベビーカーを降ろしてから乗客が乗り終えるまで電車は数分間停車して遅れが出ました。

 どうしてもこの時間帯に電車に乗らなければならない事情があったのでしょうが、せめて後部の比較的空いている車両に乗るとか、車内では抱っこひもを用いて抱っこし、ベビーカーはたたむとか、ママ側に配慮があってもよかったなと思います。ちなみに、車内でのおんぶは後ろが見えないのでお勧めしません。

 また、車内ではありませんが、最近の新聞投書欄に道路での出来事が載っていました。58歳の女性ですが、友人と道を歩いていたら、後ろから突然大声で「どけよ」と怒鳴られたとか。ベビーカーを押す30代くらいの男性だったそうです。この女性は心臓に持病があり、突然の大声に驚いたあまり過呼吸気味になって、道端で休んだと書いておられました。もしかしたら道幅が狭く、女性二人がのんびり歩いて道をふさいだ格好だったのかもしれません。それでもいきなり「どけよ」ではなく、「すみません」と穏やかに声をかけることもできたはずですね。

 子育て世代には自分たちが社会的弱者だという被害者意識が強いかもしれませんが、高齢者も、病気の人も、みな社会的弱者です。弱者同士が優位を言い募っても意味がありません。社会全体がお互いを尊重し合い、サポートできる側は率先してサポートし、サポートされる側も感謝の気持ちをもって周りに配慮する。それが本当のマナーでしょう。そういう方向をめざしていきたいものですね。

 世の中のことを考えるとき、いつも“幼子怒るな、いつか来た道、年寄り笑うな、いずれ行く道”という言葉を思い出します。私たちは独りで大きくなったわけではなく、導いてくれた親や大人がいて今日があります。今は想像できなくても、いつかは年寄りと呼ばれる日が来ます。柔軟な想像力こそが、社会をやさしくしていくのだと思います。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


ママ友付き合い

《2014年4月1日》

 新年度がスタートします。新入園ママにとっても、進級ママにとっても、子どものお友達づくりに勝るとも劣らない心配事が、ママ友付き合いに関することのようです。新しいママ友ができるかしら? 仲良しのママ友と今年度も同じクラスになるといいな! あのママとは同じクラスになりたくないな…。いろいろありそうですね。

 実は私、この1年間に複数のヤングミセス誌から「ママ友付き合いの悩みにアドバイスがほしい」という取材を受けました。読者から寄せられた悩みリストを見ると、ママたちの悩みは十年一日というか、二十年一日というか、私が育児誌の編集長を務めていたころとほとんど変わっていませんでした。

 幼稚園ママは次々と代替わりしているのに、悩み自体は変わらない。それは、子育てを始めてまだ数年目のママが必ず通る道、初めてのママ集団の中でどう振る舞ったらよいのかという永遠の課題だからなのでしょうね。

 今回は各誌の悩みリストの上位に挙がっていた2題について、私の考えを述べることにします。

★ママ友との距離感に悩む

Photo 新入園ママの場合は、いきなりお茶に誘っていいのかしらと迷い、進級ママですでに仲良しグループができている場合は、お茶に誘うときはグループ全員に声をかけるべきかどうか悩む。そんなケースが多いようです。

 私は、幼稚園時代のママ友を自分にとってどんな存在だと考えるかによって、答えは違ってくるのではないかと思います。それに、自分の性格をプラスして考える。

 たとえば、積極的な性格で、広く浅くたくさんのママと仲良くなりたいと考えるならば、自分から声をかけてお茶に誘うも良し。自分や家庭のことをオープンに話してみて、気軽に話に乗ってくるママは、あなたと似たタイプかもしれません。一方で、声をかけたときに一瞬戸惑うような素振りを見せたママがいたら、無理強いにならないよう「ご都合が悪かったら次の機会にでも」と一声かけると好印象です。

 数は多くなくとも1人でも2人でも本物の友達を見つけたいと思うならば、最初は子どもを交えて親子で公園などで遊び、相手を観察してみるのがいい。しばらくたって、もう少し相手のことが知りたいと思ったら、先に自分のことをちょっぴり自己開示してみましょう。うまくかわされたら、あまり自分をオープンにしないタイプのママなのかもしれないし、もしかしたら時期尚早なのかも。相手もあなたを観察しているのかもしれません。子ども同士だってウマが合うかどうか見分けるのに半年や1年はかかります。焦る必要はありません。

 仮に仲良しママが5人いて、たまたま3人がお茶をすることになったとしたら、残りのママ2人には次に会ったときにでも「この前、3人でお茶したの。あなたがいないときで誘えなくてごめんね」と言っておけばいいのです。こんなふうに隠さずに伝えておけば、逆にあなたが不在でお茶をしたときでも話してもらえるでしょう。

 もし、不在のときに自分のことを話題に出されたのではないかと心配になるようなら、それは本当の仲良しとは言えません。自分が参加しているときのお茶会の話題で、どんなグループなのか判断がつくはずです。

 ママ友づくりの第1歩が踏み出せない、自分から声をかける勇気がない、すでにグループができているようで声をかけにくいと思うなら、園の役員や係を引き受けることをお勧めします。活動を通して相手のママのことが自然にわかってきます。1年間のお付き合いの中で一体感が芽生え、その後ずっと交流が続いているという話もよく聞きますよ。

 こうした役員や係を通して集まったメンバーは、似た者ばかりではないというのが、最大の利点です。メンバーの、自分とは違う考え方、自分とは違う子育て法を見聞きすることには大きなメリットがあります。わが家の子育てを見直す、新しい風が吹くかもしれないからです。

 近年、「あの人とは価値観が違うから付き合えない」という言い方をよく耳にしますが、価値観の違いの中には新たな発見もあって、目からウロコということも。価値観の違うママをバッサリと切り捨てないでほしいなと思います。大人としての度量を試されることではありますが。

 ともあれ、仮にウマが合わないと感じた相手でも、最低限、日常の挨拶はきちんとするのが幼稚園ママのオキテです。子どもたちだってお友達と折り合いをつけることを学んでいる最中なのですから、ママたちがお手本となってくださいね。

★LINEに誘われたけど、断りたい

 最近はブログ、Facebook、mixi、ツイッター、LINEなどなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を使いこなすママが増えているようです。それに伴い、「無料だから」「便利だから」と誘われて、どうやって断ったらいいのかと悩むママも増えてきました。その裏には、むげに断って仲間はずれにされたらどうしよう、という不安もうかがえます。このお悩みだけが、以前はなかった今風のものでした。

 こんなときは「私、アナログ派で、そういうのに弱いの」と断るのがスマートです。あくまでこちらの事情として話し、SNSをやっている人を否定しているように誤解されないよう気をつけて。そのうえで、「ときどきは話題になっていることを教えてね」と伝えておけば、相手も気分を害さないでしょう。

 SNSとは別に、クラスの子どもたちの様子を知るには、活発な女の子のママと仲良くしておくのも手。男の子は園の様子をあまり話さないことも多いものですが、女の子の中には逐一ママに話す子もいます。もちろん、その子の目を通しての話だということを認識しておく必要はありますが、無口な子のママにとっては、一つの情報源にはなるでしょう。

 幼稚園ママにとってママ友は大きな比重を占める存在かもしれませんが、行動の原則はやはり、大人としての常識にあります。ママの行動は子どもにも先生にも見られていることを忘れずにいれば、ママ友付き合いのあるべき姿は見えてくるはずです。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


赤ちゃん返りの子にどう接する?

《2014年3月1日》

 幼稚園在園中に弟や妹が生まれる、というケースはよくありますね。
 弟妹の誕生を心待ちにしていて、紙おむつを持ってきたりと楽しそうにお世話をする子がいる一方、「僕(私)にも目を向けて~」とばかりに赤ちゃん返りをして、赤ちゃんへの嫉妬をあらわにする子もいます。

 最初はいいお兄ちゃんお姉ちゃんぶりを見せていたのに、ずいぶんたってから赤ちゃん返りをする子もいて、親は対応に右往左往してしまうことも。それが入園や進級、学期の変わり目の時期に重なると、「登園しぶり」という形で現れる場合もあり、親はますます困惑します。

 赤ちゃん返りを見せる子どもにはどう接していけばよいのでしょう?

★赤ちゃん返りの子どもの心中は

Photo おうちに赤ちゃんがやってきたとき、上の子はどう感じているのでしょうか? 臨床心理士の先生がたに取材すると、それまで自分とお母さんが1対1で完結した融合した世界で生きてきたのに、突然、異分子(=エイリアン)がやってきた――そんな感じなのだそうです。異物がやってきて、お母さんがそちらに半分以上のエネルギーを注いでいるという不愉快さの中にいます。お母さんが妊娠中に「もうすぐお兄ちゃん(お姉ちゃん)になるよ」と繰り返し言って聞かせ、わかったような顔をしていたとしても、大人が思うようには理解していないのです。

 弟(妹)と自分との展望が持てず、どうしていいのかわからないのに「お兄ちゃん(お姉ちゃん)でしょ」と言われることに理不尽さを感じています。それでも子どもなりのプライドはあり、こういう振る舞いを期待されているんだろうということはわかるから、行動や気持ちの上で過剰に頑張りすぎて、あるとき限界点を超えて爆発してしまった結果が、赤ちゃん返りです。

 人間はストレスにさらされると、かつて安心を得られていた状況に戻ろうとするのだとか。幼児なら、泣いたり、指しゃぶりをしたりと赤ちゃんと同じようにして、かまってもらおうと考えます。思春期の子どもでも、歳の離れた弟妹ができたときに、急に親に相談を持ちかけたりして気を引くことがあるんですって。おかしいのは、お父さんにも赤ちゃん返りがあること。中には赤ちゃんに嫉妬して、「靴下はどこだ」と、一時期妻に当たり散らすお父さんもいるそうです。

 つまり、赤ちゃん返りはよくあることで、心配しすぎなくてよいということですね。臨床心理士の先生がたは、赤ちゃん返りは発達上の健全なステップだと言っています。たまたま赤ちゃん返りがなかったら、それはラッキーということです。

★上の子への接し方

 赤ちゃん返りの“症状”としては、前述した「よく泣く」「指しゃぶり」のほかに、「イライラして当たり散らす」「いたずらをして気をひく」「抱っこをねだる」「自分も哺乳瓶を使いたがる」「安心毛布、安心ぬいぐるみなど特定のものを手放せなくなる」などがあります。

 こんな様子が見られたら、次のような対応を心掛けましょう。

1、叱らない、からかわない
 本人も、実は恥ずかしいと思っているので、それを逆なでするようなことはしてはいけません。兄姉としてのプライドを守ってあげてください。「あんたさえ、もうちょっといい子だったら」という発言は百害あって一利なし。本人の気持ちにも波があって、昨日はイライラしていたけど、今日は大丈夫(頑張っている)ということがよくあります。そのときに「昨日はグズグズだったのにね~」などとからかうのも厳禁。頑張りを踏みにじってしまいます。

2、甘えたい気持ちに応えてあげる
 赤ちゃん時代を再現して、安心させてあげると落ち着きます。それには「赤ちゃんごっこ」のように遊びに取り入れるのが有効。たとえば哺乳瓶を使いたがったら、ジュースを入れてあげるなどして、上の子の気持ちを想像して受け入れてあげましょう。赤ちゃんが寝ている間を利用するなどして、お母さんが上の子と一緒にお風呂に入るのも有効です。上の子との入浴をお父さんの係と決めてしまわず、チャンスをつくりましょう。小児科医は、赤ちゃんの沐浴は上の子が就寝後の夜中になってもかまわないと言っています。

3、お母さん自身がストレスをためない
 お母さんが不安定で、機嫌が悪いときに上の子に爆発してしまうと、上の子はとても傷つきます。それでなくても赤ちゃんのお世話で大変。そのうえ、上記の1や2も、となると負担感が増しますね。
 そんなときは周りの人にどんどん言って助けてもらいましょう。赤ちゃんを抱っこしているときに上の子も抱っこをせがんできたら、赤ちゃんのほうをお父さんや祖父母に任せて、上の子を抱っこしてあげます。ママ友にも「上の子が赤ちゃん返りでしんどいの」と話してしまいましょう。ただし、上の子が近くにいないときにしてくださいね。同様に幼稚園の担任にも、赤ちゃん返りの気配を感じ始めたらすぐ、話しておきましょう。子どもへの対応に配慮してもらえます。

 そして、たまには赤ちゃんを誰かに任せて、上の子と外でデートしましょう。上の子はもとより、お母さん自身も外出が期待以上のストレス解消になることがあります。

★周りの大人にできること

 上の子も下の子も子育てすべてがお母さんの肩にかかっているという状況は、相当な重圧です。お父さんの「専業主婦なんだから当たり前」、同居の祖父母の「母親なら当たり前」という発言は、お母さんをますます追い詰めます。

 周りの大人にできることは、お母さんにリフレッシュタイムをプレゼントしてあげることと、上の子への声掛けです。上の子には「○○ちゃんもそうだったよ」と、自分も同じように大切に守られてきたことを思い出させるような声掛けをすることに価値があります。

 臨床心理士の先生がたによると、ラッキーにも上の子に赤ちゃん返りの兆候がない場合も、「いつか出るかも」と考えておくことに意味があるそうです。そして、いざ出現したら「あー、やっぱり出た出た」と声に出してみて、と。それが心のゆとりにつながるということでした。赤ちゃん返りには、“卒業”という楽しみもあります。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


3学期の幼稚園

《2014年2月1日》

 今年度も残りわずか。年少さんはようやく幼稚園児らしくなり、年中さんは幼稚園ライフを十二分に謳歌し、年長さんには最上学年としての自覚と誇りがあります。年少さんと年長さんを比べると、体つきもすっかり変わってきています。

 とはいえ、み~んなまだ「幼児」。小さなトラブルは毎日あり、それらをはじめとするさまざまな出来事や先生からの指導をとおして、「学び」や「気づき」も毎日積み重ねているところです。そう考えると、幼稚園児ってなんてけなげなのかと感動してしまいます。

 今回は3学期の様子を紹介していきましょう。

★「もう4歳だよ」と威張る年少さん

140201 年少組の教室。大型積み木をいくつか重ね、その上に立ち、先生が宙に掲げたタンバリンを叩きながら飛び降りるという遊びで盛り上がっています。立ち寄った私が「あら、みんなジャンプが上手ねぇ。飛びながらタンバリンに触るなんていうこともできるようになったのねぇ」と感心すると、Aくんが威張って言いました。「だって僕、もう4歳だもん」。隣にいたB子ちゃんが「あたしも4歳」と負けずに言い返すと、「僕は4歳2か月だよ。B子ちゃんは4歳何か月?」。「え~、わかんな~い」。Aくんは鼻息も荒く「僕、4歳2か月!」と繰り返しました。

 別の片隅では、女の子3人が「おうちごっこ」をしています。聞いてみると、3人はそれぞれ、お母さん、お姉ちゃん、猫の役なのだとか。お姉ちゃん役が「では学校行ってきま~す」と言うと、お母さん役が「100点取ってきてね~」と送り出しました。

 4歳何か月という言い方や、(テストで)100点を取るという表現は、おうちで兄姉やママが言っているのを聞いて耳から覚えたものでしょうね。言葉の意味はたぶんまだ理解していないと思いますが、子どもはなんでもよく聞いているということです。

 あちらのほうでは、おもちゃの取り合いが始まったようです。にぎやかな年少組ですが、入園後ほぼ1年たって、どの子も自分(地)を出せてきているのがよくわかります。それが集団生活のまずは基本ラインです。

★客観的に見ることを学ぶ年中さん

 年明けの年中組ではお正月遊びが人気でした。コマ回し、はねつき、かるた取りなどなど。コマ回しやはねつきは、最近は家庭ではなかなか経験できないのかもしれません。今日は一人ひとりが新しいコマをもらい、好きなように着色しました。描き終わった子どもから順に早速回してみて、色が交じり合うところを楽しみました。選んだ色や塗り方の違いでまったく異なるコマが出現するから、あら不思議。

 このコマは紐は使うものの、軸のところに巻きつけて回す簡便なタイプですが、紐の引き方にちょっとしたコツがあって、Cくんはなかなかうまく回せません。それを見ていたDくんが「Cくんがうまくできないのは、まだ5歳になっていないからじゃない?」と言ったものだから、Cくんは半分涙目です。だって本当はもう5歳なのですもの。だけどCくんにもまるで悪気はなく、むしろかばったつもりなのだからややこしい(笑)。

 こういうときには何も言わないほうが良いと思い、ほかの子が別の遊びに移っても、私はそれからしばらくの間、Cくんのコマ回しにとことん付き合い、彼はとうとうやり方をマスターしました。悔しさが“粘り”を生む好例です。

 隣のクラスでは発表会の準備を進めていました。最初の「礼」のところで全員が揃いません。そこで先生は全員を集めて座らせ、お話を始めました。

 先生「みんなは舞台にいるけど、前にはどなたがいるの?」
「お客さま」「ママやパパ」
 先生「そうね。お客さまからはみんなのことがよく見えるのよ。先生、絵を描いてきたから、ちょっと見てみて。これは今のみんなの『礼』をお客さまから見たところです。何か気がついたことがありますか?」

「あー、はじっこの子がよそ見してるー」
「少ししかおじぎしてない子がいるー」
「足を開いてる子もいるよ」

 先生「いろいろ気がつきましたね。みんなの『礼』がきちんと揃うと、お客さまは『○○組はカッコイイ』と思ってくださるはずよ」
「はーい」

 百聞は一見にしかず。自分たちが相手からどう見えるのか、客観的に理解できた一瞬でした。それに、この時期の子どもたちには“カッコイイ”はとても効き目のある魔法の言葉です。

★年長さんだって泣くし、皮肉を言ったり納得したり

 発表会後の年長組。今日はみんなで「なんでもバスケット」で遊んでいます。「なんでもバスケット」は、鬼になった子が指示する条件に当てはまる子だけが席を移動する椅子取りゲームです。そのうちにE子ちゃんが泣き出しました。実はE子ちゃんは涙腺がゆるく、よく涙をこぼします。でももうすぐ1年生ですから、自分で気持ちを切り替えられるよう先生は見守ることも多くなってきています。周りの子は「またか」という感じでおしゃべりを始め、「なんでもバスケット」は中断しました。

 先生はしばらく全体の様子を見ていましたが、E子ちゃんが泣きやまないので近くまで行って「どうしたの?」と声をかけました。なかなか話せないE子ちゃんでしたが、ようやく「Fくんが嫌なことを言った」と答えました。どんな嫌なことなのかを話すまでにさらに時間がかかりました。どうやら何人か前の鬼のとき、鬼になった子がなかなか条件を思いつけなくて立ち往生していたのをE子ちゃんが指をさして笑い、それを見ていたFくんが「自分だって指さされたら泣くくせに」と皮肉ったらしいのです。

 E子ちゃんがなかなか話せなかったのは、自分にも非があると認識していたからかもしれませんね。

 先生は「嫌なことを言われたら、そのときすぐに『そういうこと言わないで』と言わないといけないね。年長さんなのだから、頑張って言えるようになろう。時間がたってしまったら、相手も周りの人も理由がわからないでしょう? それに自分も悪かったと思ったら、謝ればいいんだよ」と言ってきかせました。

 それからおもむろに周りを見回して一喝。「みんな、今はおしゃべりしているときかしら。周りに困っている人がいたら、みんなで一緒に考えてあげてほしいです。自分には関係ないという態度は、先生悲しいな。この前の発表会ではみんなで力を合わせたでしょ。それと同じことなのよ」。

 たまたま私の隣にいた男の子が「そうか、同じことなんだ…」と、ぼそっとつぶやくのが聞こえました。それからちょこっと“学級会”を開き、再び「なんでもバスケット」が再開されました。

 小さなトラブルを経験することは、大きなトラブルを回避する力をつけるということでもあります。子どもたちの貴重な経験を大らかに見守ってあげてください。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


その一言がママを幸せにする

《2014年1月1日》

 新年あけましておめでとうございます。今年も「幼稚園ママ&パパ」を通してよろしくお付き合いください。

 子育て中のママたちにアンケートをとると、外出時にいちばんヘコむのは「泣く(あるいは騒ぐ)子どもをなんとかしろという周囲からの刺すような視線」だといいます。でも、子どもは泣くのが仕事だし、静かにしなさいと言って、すぐ言うことを聞いてくれるようなら苦労はしませんね。

 あくまで私の印象ですが、厳しい視線を投げつけるのは、意外にも若い人よりも60代のジジババ世代が圧倒的に多いように思います。数十年前には必死で子育てをしたはずなのに、さらには自分にも孫がいるだろうにと、私はいつも不思議に思っています。団塊の世代って、いつまでたっても自分本位なのかなぁ。というのはもちろん冗談で、実は10年前にも当時の60代の視線が厳しいと感じたことがあります。セカンドライフのスタート地点にいる60代は、自分の老後のことで頭がいっぱいなのでしょうか。

 それはさておき、年の初めですから、心が温かくなるお話に方向転換しましょう。子育てに追われる時期だからこそ、ふと掛けられた温かい言葉はママたちにとって忘れられない一言になります。まずは新聞の投書欄から拾った話題。

★「今日は特別」の一言で楽しい思い出に

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 鹿児島のAさんは、大学のホームカミングデー(同窓会のようなもの)に子ども4人を連れて出掛けました。小学校3年生を筆頭に、幼稚園年長・年少、1歳半の3男1女です。学内を歩き回っていると、教授らしき男性に声を掛けられました。「今日はお子さんたちにおいしいものをいっぱい食べさせてあげてくださいね。好きなものも買ってあげて『○○大学に行って楽しかった』という思い出を作ってあげてください」。

 Aさんは「静かにさせなさい」と言われるかと思っていたので、その言葉でほっと肩の力が抜けたそうです。思わず「今日はなんでも好きなものを買ってあげる」と子どもたちに一言。普段はおやつを分け合って食べる4人ですが、その日はお店で一人ずつ好きなおやつを買ってもらい、満面の笑みを浮かべたとか。その笑顔を見て、いつもは子育てに気を張っているAさんの心にもゆとりが生まれました。

 よほど楽しかったのか、帰宅して小3の長男が「ぼく、将来、○○大学に行きたいな」と言うと、「ぼくも」「私も」と(意味はわかっていないかもしれませんが)きょうだいが声を揃え、家族みんながもう一度笑顔に。教授の一言がたくさんの笑顔を運んできてくれて、本当に忘れられない思い出になったそうです。

★小言より届く言葉

 次は、知り合いのママから聞いた話です。

 東京に住むそのBさんは幼稚園年中組のCくんを連れて、電車に乗っていました。Cくんはかなりのやんちゃ坊主。10歳上のお姉ちゃんがまったく手のかからない子だったため、Bさんは、どうしてこの子の場合はこうも叱り続ける毎日なのかと嘆く日々。その日も、電車に乗り込むときには「横入りはダメ。順番よっ」と叫び、車内に乗り込めば乗客をぐいぐい押すので「すみません」と謝り、次の駅で空いた席めがけて飛び込むように座った際に、右隣の女性を蹴飛ばしたのに謝り、窓の外を見ようと勢いよく反転した際に、左隣の老紳士を蹴飛ばしたのに謝りと、ずーっと謝罪と小言を言い続けていたといいます。

 極めつけは電車を降りるとき。Bさんが「さぁ、降りるわよ」と言った瞬間、Cくんは靴を履いたまま座席に立ち上がり、遠くの床までジャンプしました。頭に血が上ったBさんが「何やってるのっ」と叫ぼうとしたとき、それより一瞬早く静かな声が掛かりました。「ああ、怪我しないで降りたね。よかった」。左隣の老紳士の一言でした。

 言われつけない(?)優しい言葉に、Cくんも棒立ち。我に返ったBさんは老紳士に深くお辞儀をしつつCくんの手を引いて電車を降りました。Bさんは私にしみじみ語ってくれました。「叱らなくても、子どもに届く言い方があるんですね。いえいえ、そうじゃなくて、叱っても届かないけど、優しい言い方だからこそ届くというか…」。

 Bさんはそれ以後、Cくんへの言葉掛けを変えたそうです。それまでいつもいつも叱られていたCくんですが、最近少し落ち着いてきたような気がするとのこと。老紳士の一言が親子にちょっぴり変化をもたらしたようです。

★親子で褒められて

 最後は私の体験から。
 かなり古い話で恐縮ながら、年長組だった息子と電車に乗っていたときのことです。その日は雨が降っており、親子それぞれ傘を持って、開閉しない側のドア近くに立っていました。終点で降りる前、こんな会話を交わしました。「駅は降りる人で混雑しているから、傘は縦に持つんだよ。横に持つと前や後ろの人に当たって危ないからね」「うん、わかった」。

 電車を降りて10メートルも歩いたでしょうか。横から声が掛かりました。「ぼく、お母さんの言うこと、ちゃんと守れてえらいね~」。先ほど、私たちが立っていたところの脇に座っていたおばあちゃんです。会話が聞こえていたのでしょうね。誇らしそうに笑みを浮かべて私を見上げる息子。私が思わずお礼を言おうとしたら、「お母さんも、いいこと教えて偉いわね~」ともう一言。息子と顔を見合わせたあと、3人で「あははは」と笑い合いました。雨の日の憂鬱が一瞬で吹き飛びました。70代に見えたおばあちゃんから、子育てを頑張ろうと思える元気をもらったのでした。

 時には周囲から厳しい視線が降り注ぐことがあるかもしれないけれど、こんなふうに元気や喜びや気づきをもらったことがある人も、少なくないことでしょう。そんな体験のある人は、今年はお返しをする年にしませんか。わが子より小さい子を連れているママ、自分より若いママに一言声を掛けて、ぜひ元気をプレゼントしてあげてください。

 日本中のあちこちで笑顔がこぼれる2014年になりますように。

(文:西東桂子/絵:山本花子)

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子どもの発達を知る ~2学期末の職員会議から~

《2013年12月1日》

 どこの幼稚園にも「保育目標」があります。卒園までの間に子どもをこういうところまで導いていこう、こういうふうに人としての土台を築いてあげたい、という目標です。卒園までにこれらを実現するために、年少の1年間ではここまで、年中の1年間では、年長の1年間では、という年次別の保育目標があり、さらには学期ごとの保育目標もあります。担任の先生はそれらを一応の目安として子どもたちに向き合っていきますが、子どもたちの発達は一人ひとり異なるので、個別対応も必要です。

 今回は、保育目標に対して子どもたちの実際はどうか、というテーマで開かれた、ある幼稚園の職員会議の様子をご紹介しましょう。ある年の2学期末(年末)の会議です。各担任の報告や相談に対して、同僚や先輩、主任、副園長、園長などが助言をする場でもあります。

 子どもの発達に詳しいプロたちの会議内容を知ること
は、子育て中のママにも役に立つと思います。そして、子どもの発達には個人差があることを理解して、よその子と比べて一喜一憂しても意味がないのだということも知ってください。

★年少児の発達

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担任A「A子ちゃんは朝、まだママと別れがたい状況だが、先週、ママにその理由を『バイバイするとママがいなくなってしまうような気がする』と話したそう。ママはいなくならないということはもちろん、幼稚園では先生が守ってあげるから安心してと伝えていこうと思う」

担任B「Bくんはまだ一人遊びが楽しい段階。周りへの関心が薄いので、担任が全体に話をしているときにも聞いていないことが多い。Cくんは2学期になってだいぶ話が聞けるようになってきた。周りに関心が出てきたことで、お友達の気を引こうとふざけすぎることがある。そんなときは、きちんと話を聞いているお友達を褒めると自分も頑張ろうとするので、上手に活用したいと思っている」

先輩教諭「年少児には『先生の話を聞きましょう』と言い聞かせても無理。それよりも今は、楽しく話が聞けるような雰囲気づくりが担任の仕事」

担任C「D子ちゃんは突然環境が変わることに弱いと、ママから話があった。家庭では常に、先々のことを示してきたそう。そこで、以前よりは具体的に『明日はこんなことをするよ』と伝えるようにした」

園長「そういうときに『明日は教室が変わるけど大丈夫よ』という言い方ではなく、『楽しみね』という言い方を選びたい」

担任D「Eくんは1学期はお友達に関心がなく、一斉活動でも一歩引いていた印象があったが、最近はお友達とかかわるきっかけを作ってあげると、会話が弾むようになってきた。ただ、身支度や準備、片付けにはまだかなり時間がかかる」

園長「先生が手順を示してあげて。そして、できたら褒める。『お友達が待ってるよ』は本人には関係ないこと」

担任E「F子ちゃんは自分のやりたい遊びを見つけられなくて担任のあとを付いて回る。走るのが好きなので氷鬼に誘い、途中で『先生と二人じゃ寂しいね』と言ってみたら、お友達を誘えるようになった」

担任F「昼食を一番に食べ終えた子を、毎日チャンピオンとして発表してきたが、早いのが偉いという雰囲気になってきていけないと思っている。きれいに食べることの大切さも伝えていきたい」

副園長「生活の中にはいろいろなチャンピオンがいることを示してあげるとよい。昼食のときで言えば、よい姿勢で食べている子もチャンピオンになれる」

★年中児の発達

担任A「子どもたちが『こうなっちゃった』と状況だけを言ってきて、担任が指示するという段階を経て、今は自分で決める、自分たちで決めるを大事にしている。担任が考えるきっかけづくりをしてあげると、考えて決定できるようになってきた」

担任B「私も子ども同士のトラブルが起きたとき、どちらの言い分もよく聞いて、子ども二人と担任の3人で考えるという状況づくりを大切にしている。担任はどちらが悪いかわかっている場合でも、あえて言わない。子どもの表情を汲みとって、そのときどきに最適だと思われる言葉がけをするよう心がけ、自分たちで決着がつけられるよう導きたい」

園長「先生とかかわりができ、先生にきっかけをつくってもらい、先生ができたことを褒めてくれると、自分に関心をもってくれたと嬉しくなる。これは年中児に限らない。全担任がいつも心に留めるように」

担任C「双子の兄のAくんは、積極的でなんでもできる妹のB子ちゃんに対して劣等感を持ち始めた。そこでママにも『何か自信の持てることを見つけてあげたい』と話した。今は縄跳びの連続跳びに挑戦中で、30回連続をクリアして自信がついてきた」

担任D「お友達のいいところ探しをした。一人ひとりのいいところを挙手で発言、人数分の紙を用意して書き込んで壁に貼った。予想以上にお友達をよく見ていて嬉しくなった。そのあと『お友達のいいところを真似っこすると、いいところが広がっていくね』と伝えた」

★年長児の発達

担任A「年長になって連帯感を楽しむようになったが、運動会の練習のとき、勝つことがすべてという雰囲気になってきたので、『勝っても負けても頑張ったことを認め合い、讃え合えるようにしたいね』と声をかけた」

担任B「AくんがBくんにあげた手紙をCくんが破った。担任はセロテープで貼り合わせながら、『手紙はこうやって直せるけど、気持ちは直せないのよね』とつぶやいた。手紙は気持ちを言葉に表して渡すもの。手紙には気持ちがこもっていると伝えると、Cくんは謝ることができた」

担任C「作品展に出すための立派な共同画を仕上げることができた。多少困難なことでも、途中で投げ出さないくらいの力がついてきた」

園長「子どもは知っていることを絵に描く。だから、観察の時間には知っていることを増やしてあげることが大事。こんな形だね、こんな色だね、こんな手触りだね、と声をかけて、自分で感じられるよう手助けを」

担任D「できることのもう一歩上のレベルに引き上げてあげる保育の大切さを痛感している。これが年長の保育の極意だと思う」

 いかがでしたか? 親と子の日常はずーっと線でつながっていますから、わが子が今、どういう発達段階にあるのかと考えることは普段はあまりないことだと思います。だからこそ幼稚園教育に意義があるのですが、保護者会や個人面談のときに先生が話してくれる内容には子育てのヒントがいっぱい。今、わが子にどんな言葉がけが必要で価値があるのかが詰まっていたりします。お聞き逃しのないように。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


小学校の先生が望んでいること

《2013年11月1日》

 先日、月刊誌「あんふぁん」の企画で、小学校の先生がたに集まっていただき、最近の新入学児(1年生)にどんなことを感じているかを語っていただく機会がありました。言い換えればそれは、「幼稚園時代にお母さんがこんなふうにしているんじゃありませんか?」という警告であり、また、「そんなふうにしないでほしいのですが」という要望でもありました。

 その多くは、このコラムでもたびたび取り上げてきた内容と同じで、私としては「ほら、やっぱりそうでしょう?」という気持ちになりましたが、皆さんにとっては小学校の先生がたの直接の発言ということで、より価値が高いことでしょう。「あんふぁん」誌面に載せきれなかった話題も含めて、小学校現場の声をご紹介します。

★幼稚園時代にめいっぱい遊んでほしい

Photo 遊びに没頭し、体を動かして汗をかいて遊ぶ楽しさや、みんなで一緒に何かを作り出したり成し遂げたりする楽しさをもっと体験してきてほしい、と先生がた。その体験不足からか、「暑くて校庭に出ると汗かくから」と外に出たがらない子、「汚れるからイヤ」と砂遊びを敬遠する子、友だちの遅さ(遊ぶ準備の遅れや共同作業の遅れなど)に対して厳しい子、待てない子が目につくそうです。

 汗をかいても汚れても、洗濯すれば問題ないとお母さんはドーンと構えてほしい、そもそも子ども時代は汚れてもいい服装をさせてほしい、という発言がありました。

 また、「早い遅いは個性のうち」と私も何度か書いてきましたが、先生がたからも「低学年では、早いことを求めません。むしろ、いろいろな友だちの個性を認められることのほうが大事。早いことがいいことだという考え方は社会の影響を受けているのは間違いないと思いますが、教師も親もそうした風潮に流されないようにしたいですね」という発言がありました。親がわが子の行動を待ってやれないと、子どもも友だちの行動を待ってやれないという負の連鎖が起こるのでしょうか。

 また、算数の授業でおはじきやブロックを使うとき、授業そっちのけで遊んでしまう子が多いのは、入学までの遊びの量が足りていないせいではないかという指摘もありました。

★言葉によるコミュニケーション力を磨いてほしい

 黙って座り込んでいるのでどうしたのかと先生が尋ねると、ようやく「忘れ物をした」と小さくつぶやく、体操袋をぬっと差し出すので何事かと思うと、よくよく見ればひもが抜けていて、なんとかしてくれということらしい…。

 こんなふうに、自分の置かれた状況を説明できない子、やってほしいことを言葉で言えない子が増えているのも近年の傾向だとか。

 先生がたは「お母さんがあれこれ先回りして対応してしまい、子どもが言葉で意思表示をする機会が少なくなっているのではないか」と心配しています。以前にも書きましたが、大人になって社会に出たとき、周りの人が気を使っていろいろ察してくれる、なんていうことばかりではありません。もっと近い将来では、小学校高学年や中学生になったとき、万一いじめにでも遭ったら、友だちに「やめて」、教師や親に「助けて」と言えない子どもであったら心配でなりません。

 いじめの例は極端ですが、先生がたは親の先回りを身近な例で説明してくれました。
「翌日に持っていくものの準備を親がやっている家庭があります。低学年であっても、まずは子どもが自分でやって、それを親子でチェックするなど、やり方を工夫してほしい。親任せの子は、宿題を忘れても『ママが入れ忘れた』と言い訳します。困るのは自分、だから準備も自分でする、と考えてほしい。親が手伝うのは悪いことではありません。少しでも自分でやった部分があれば、子どもは全部自分でやったというくらいの気持ちになり、自分に自信がもてるようになります」

 自分が思っていることを説明でき、やってほしいこと・やめてほしいこと・手伝ってほしいことをきちんと自分の口から言えるようになるよう、今から言葉でのコミュニケーションに親子で磨きをかけておきましょう。子どもが何か言う前に行動してしまうお母さんは、子どもの一言を待ちたいものですね。

★小学校への“わくわく感”を大事にしてほしい

 上記で「助けて」と言えるコミュニケーション能力の大切さに触れましたが、先生がたは「助けて」には「信頼感」がセットになっていると言います。信頼できる相手だから、助けてほしいと言えるのですね。幼児期には第一に「親への信頼感」が芽生えるような親子関係を築いてほしい、そこで大人への信頼感を獲得できたら、教師への信頼感も生まれてくるのだから、と先生がた。

 そう考えれば、「○○ができないと小学校に上がれないよ」「そんなこともできないと小学校の先生に怒られるよ」という言い方は、ぜひとも避けたいところです。小学校や小学校の先生を恐ろしいものと思ってしまったら、学校や勉強へのわくわく感は消えてしまいますから。

 多くの方が気にする「ひらがなの読み書き習熟度」についても、「覚えておかないと大変」と、入学前までに子どもに教え込もうとすると、それは学ぶ楽しみではなくなってしまうと先生がたは心配しています。「ひらがなを勉強することを嫌いにさせないで」と。

 原則論では、入学時点でひらがなを書くのはもちろん、読むのもまだでも問題はないけれど、靴箱にはひらがなで氏名が書いてあるので、自分の名前は読めるのが望ましいという話が出ました。ひらがな全部を読めなくていいから、自分の名前が読めた喜びや、町を歩きながら看板を見て、「あ、うどんって書いてあるよ。うどん屋さんだ」というふうに、文字と現実の世界がつながった楽しさを感じることを大切にしてほしいということでした。

 小学校の先生がたから、入学までの期間にお母さんにしてほしいこと・してほしくないことが挙がりましたが、いずれも幼稚園教育で目指していること・実践していることと同じです。つまり、幼稚園の先生がたの話によく耳を傾けていれば大丈夫。子どもへの手出し口出しが多すぎないことが肝心だということだと私は理解しました。子どもの言葉と行動を待ってあげられる親になりましょう。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


「早く早く」と言わない子育て

《2013年10月1日》

 幼稚園のお母さん向けに講演を頼まれると、いくつかの話題の中に必ず、「子どもに言わないでほしい言葉」を組み込むことにしています。臨床心理学の先生たちが「言っても意味がないだけでなく、子どもが嫌な気持ちになるだけだから」と、言わないほうがよい理由を語る言葉のいくつかです。

 その筆頭が「早く早く」「早くしなさい」です。ひょっとして今朝も言ってしまいました? でも、そう言って、子どもの行動が早くなりましたか?

★早くできないのには理由がある

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「さっさと済ませて次のことをする。こんなふうに合理的なことは良いことだ」というのは大人の論理です。子どもには子どもの時間が流れていて、ものごとを早く進めることが良いことだなんていう考えはありません。早くできないのは、たとえばボタンを留めるのに時間がかかっているからであり、たとえば今やっている楽しいことをやめたくないからです。

 そんなふうに考えている子どもたちですから、「早く早く」と言われたって早くできないし、納得できないから不機嫌になります。言うほうのお母さんも問題が解決しないので不機嫌になってくる。特に朝は、登園時刻は決まっているわ園バスの来る時刻も決まっているわで、お母さんはついつい口癖のように「早く早く」が出てしまうものですが、朝っぱらから叱られて不機嫌になった子どもの中には、登園しても気持ちの切り替えがうまくできない子もいて、いいことは一つもなし! では、どうすればいいでしょう? 「早く早く」を言わないためにはお母さんのほうが工夫をしなければなりません。

 支度に時間がかかっていて、毎朝判で押したように子どもに「早く早く」と言っているのであれば、支度にとりかかること自体を早めさせるしかありません。これが一つ。

 もう一つお勧めなのが、「朝のタイムチェックポイント」を3つ決めることです。7時半になったら食卓につく、8時に出勤するお父さんを玄関で見送ったら歯を磨く、8時15分になったら靴下を履く、など何でもかまいません。時間の設定も内容も、お宅のタイムスケジュールに合わせて決めていいのです。小さな子どもは時計が読めませんから、長い針が真下に来たとき、とか、テレビやラジオの○○の番組のテーマミュージックが聞こえてきたら、など子どもがわかる時刻を選びます。

 子どもと3つの「タイムチェックポイント」を約束したら、しばらくの間はフルセンテンスで声掛けをしてください。「○○ちゃん、もうすぐ時計の長い針が真下にくるよ、テーブルに座ってね」「さぁ、お父さんがお出掛けしたから歯を磨こうか」「ほら、『ごちそうさん』が終わったよ、靴下の準備はいい?」というように。

 フルセンテンスでの声掛けは最初は面倒に思われるかもしれませんが、頑張って続けると、そのうちに半分ほど言うと「わかってるよ~」という返事が返ってくるようになります。さらにはお母さんが何も言わなくても自分で行動できるようになるのです。ここが子どもの順応性の高さの素晴らしさです。幼稚園時代に朝のリズムをつかませてしまえば、小学校に上がってもお母さんは楽をできますよ。

★少し先の見通しを知らせる

 子どもは支度が終わって準備万端。ところがお母さんのほうがまだお化粧が終わらない。それではと、子どもは待っている間、テレビを見ていようかなと考えました。そうしたら、お化粧が終わったお母さんにいきなりどやされました。「ほら、行くよ。何ぐずぐずしてるの。早くしなさいっ!」。これって濡れ衣ですよね(笑)。

 こういうときは、幼稚園の先生が活用する「ちょっと先の見通しを知らせる」のが効果的です。「○○ちゃん、あと5分でお母さんの支度ができるから、5分たったら出掛けるよ」の一言が、「早く早く」を言わずに済むことにつながるのです。

 幼稚園では、毎月のお誕生日会などでホールの椅子に座っていた年少さんが飽きてモゾモゾと動き出したとき、先生が「あと2人で終わりだよ。そうしたらお外で遊べるから、もう少し座っていられるかな?」というような声掛けをすることがよくあります。見通しを示してもらった子どもは「あと2人か、それならもうちょっとだけ我慢するか」と考えられるのです。あるいは工作遊びをしていた年中組で、作業が思ったより早く進み、昼食まで少し時間が余りました。先生が「今日は早めのお昼にしましょうか」と提案すると、子どもたちは「ちょっとだけでも遊びた~い」と希望しました。そんなとき先生は子どもたちに壁時計に注目させ、「今、長い針が真横の9のところにあるでしょ。真上の12のところに来たらお部屋に戻ってこられるなら、園庭で遊んでもいいことにしようかな」という言い方をします。そうすると、子どもたちは「わかった」といい返事をして、たった15分ですが遊びを切り上げて戻ってきます。なかには12時のところにマークを貼り付けて、よりわかりやすく工夫する先生もいます。

 これが「ちょっと先の見通しを知らせる」やり方です。

 1週間ほど前、電車の中でこれを見事に実践している若いお父さんがいて感心させられました。3歳と2歳くらいの男の子2人を連れたお父さんが急行電車に乗り込んできて、私の向かい側に座りました。子どもたちは“電車マニア”らしく、すぐに靴を脱いで膝立ちで窓の外を向くなり質問しました。「○○駅には停まる?」。お父さんはこう答えました。「さぁどうかな? 次の駅だから、一緒に見ていようね。それから今日は△△駅で降りるから、車掌さんが『次は△△です』と言ったら、靴を履くんだよ」。

 子どもたちは耳をすませていて、「あ、『次は△△です』って言った!」と、自分から体の向きを変え、ささっと靴を履きました。お父さんは何の苦労もなく、「早く早く」を発することもなく、子どもたちと手をつないでスマートに降りていきました。いや~素晴らしい!

(文:西東桂子/絵:山本花子)


自転車でも徒歩でも交通ルールをしっかり教えて

《2013年9月1日》

 先月は自家用車でのチャイルドシート着用の話題に触れましたが、今月は自転車と徒歩についての安全の話。北国ではすでに夏休みが終わって2学期の保育が始まりました。そのほかの地域でももうすぐ始業式です。登降園時の安全確認を怠りなく!

★自転車でも必ずシートベルトを

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  のっけから脅かすようで申し訳ないのですが、今年2月の寒い朝、神奈川県川崎市で幼児が死亡する自転車事故がありました。会社員の母親(36歳)が、自転車の前と後ろに1歳と5歳の娘さんを乗せて歩道を走っていたとき、バランスを崩して自転車を倒してしまい、はずみで後部座席の5歳児が車道に転がり出て、通りかかったトラックの後輪にひかれて亡くなったという事故です。姉妹を保育園に送り届ける途中でした。

 歩道の幅は1.3メートル。片側一車線の車道より10センチほど高いけれども、ガレージなどの前では高さがなくなる高低差のあるタイプの歩道です。車道との間にガードフェンスはなく、歩道に乗り上げて駐車する車もあったでしょうし、歩道のところどころには電柱も立っていて、そこでは幅が1メートル以下になります。その狭い歩道で、反対方向から来た自転車とすれ違うためスピードをゆるめたところ、バランスを崩して倒れたということです。痛ましいニュースでした。

 私が通る道と同じだ、と思った方も少なくないのでは? 本当に他人事ではありません。

 この事故では、自転車は安全基準を満たした3人乗りで、姉妹は二人ともヘルメットをかぶっていましたが、車道に投げ出されたお姉ちゃんはシートベルトをしていませんでした。妹はシートベルトをしていて、ケガはありませんでした。つまり、シートベルトが生死を分けた可能性もあるのです。子どもの年齢が上がってくると、鬱陶しいからと嫌がったり、自分でするからいいと主張することもあるでしょうが、ここはやっぱり親がしっかり確認を。自動車だけでなく自転車でも、「乗ったらシートベルト」を親子の合言葉にしたいものです。

 うちは子ども一人だから3人乗りの自転車は必要ないと考えているママがいるかもしれませんが、前部座席も後部座席も別売りになっているタイプがあります。3人乗り自転車は値段は張りますが、二人乗りより低重心でフレームも太くて頑丈という特徴がありますから、事情が許せば買い替えも検討してください。

 私も幼稚園に保育実習で登園するとき、晴れていれば自転車を使います。13年半の間には、ひやっとしたことが何度もありました。

 あるときは、私のほうが優先の道路(片側1車線)の左側を走っていたところ、目の前の路地から自転車が飛び出してきてすぐ左に曲がり、私の進行方向に悠然と走り去って行きました。自転車の後部座席では幼稚園カバンが揺れており、急ブレーキをかけて止まった私はそれを呆然と見送りました。私が自転車ではなく車だったら、どうなっていたでしょうか。カーブミラーのない細い路地で、優先道路のほうにも歩道はなかったのですが、運転しているママがまったく速度を落とさず、一度も右を確認しなかったことに驚きました。でも、こんな飛び出しの経験は実は一度や二度ではありません。

★交通ルールを刷り込むのは今でしょ!

 徒歩通園だからと安心するわけにもいきません。

 あるとき、私の10メートルほど前を幼稚園カバンをかけた年少さんくらいの男の子とママが歩いていました。男の子はママの少し後ろを、石を蹴りながら歩いています。石がときどきママの前まで飛ぶので、彼が石蹴りをしていることはママも知っていたと思います。

 後ろを歩く私が、大丈夫かな、危ないなと思っていた矢先、蹴った石が道の中央に転がり出ました。瞬間的に私は後ろを振り返って車が来ていないことを確認し(前からは来ていなかったので)、すぐに男の子を見ると、幸いにも彼は左右の車を確認してから石に駆け寄ったところでした。

 このことをママはまったく気付かずにすたすた歩いていきました。万一、車が近づいていて、男の子も左右を確認せずに石を追いかけていたら、どうなったでしょう? ママは悔やんでも悔やみきれないことになっていたかもしれません。

 手をつないでくれるのは今のうちだけです。子ども一人のときは、手をつないで子どもを内側に。子ども二人でどうしても一人としか手をつなげないときは、大きいほうの子はママの前を歩かせましょう。

 子どもは親の真似をして育っていきますし、親子で培った幼い頃の習慣は長くその子の中にとどまります。だからこそ、自転車のときは角で必ず一旦停止して左右を確認する、石蹴りをしながら歩かない、といった交通ルールを、今のうちに親子で確認し直してほしいと思います。小学生になったら独りで歩き、独りで自転車に乗るようになるのですから。

 交通ルールは命と直結しています。後悔することのないよう、いつでも大人が良きお手本を示してくださいね。

(文:西東桂子/絵:山本花子)


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