家族・ふるさと・日常風景

孫の話

2012年7月31日

2009年1月、2010年1月、2011年11月、2012年4月と息子の嫁と娘の腹から毎年交互に子どもが生まれ、あっという間に4人の孫持ちになりました。嫁から男2人、娘から女2人と偏りましたが、爺ちゃんにはバランスがとれています。

121119_2 最初の孫は大寒の日、私が大分出張中に生まれました。だから名前には「大」を入れたらどうかと提案し「侑大」となりました。

二番目は岩手県・花巻出張中だったので「愛花(まなか)」となりました。全日私幼連の「こどもがま(ん)なかPJ」が始まった頃でもありました。

三番目は私が京都から大阪に移動した直後に生まれました。やっぱり「大」がつくのかなと思ったら、息子はそのこじつけを嫌ったようで、すばやく「舜」とつけました。おかげで私と同じ「SK」のイニシャルになりました。

四番目は予定日から2週間遅れても生まれず、長野善光寺で「もうそろそろお願いします」と祈っている最中に「いま生まれた、フゥー」と息も絶え絶えのメールが届きました。「良かった」と喜ぶ前に、分娩台でも携帯を離さない娘の根性に感心しました。

120515g_2 名前は「長野善光寺」から一字もらおうかと考えましたが、「イニシャルをお姉ちゃんと同じMにしてほしい」とマリーンズ命の娘に言われ、「姉妹まったく同じ顔をしているので名前にも共有の字を入れてほしい」と父親に言われ、「季花(ももか)」としました。

この名前は、娘と同じ1月12日生まれの船橋市・冨士見幼稚園の松澤季子(ももこ)園長から頂戴しました。ちなみに娘の名前「芳衣(よしえ)」は船橋市・健伸幼稚園の柴田衣子(きぬこ)園長から頂戴したものです。

しかし悲しいかな孫たちの名前を一発で言い当てることができません。そこでやむなく上から順に「孫1号」…「孫4号」と呼んでいます。「1号!」と呼んで、「ハイ」という返事が返ってくる日を楽しみにしています。

私は千葉市、息子は隣の船橋市、娘はその隣の鎌ヶ谷市に住んでいます。でも距離は近く、同じ幼稚園の通園圏でもあるので、孫は4人とも健伸幼稚園に通う予定です。1号はいま年少です。

ほんの数年前まで、自分がこんなふうに孫の話をする爺バカになるとは思ってもいませんでした。ところが立派な爺バカになりました。わが家のキッチンの壁には400枚余の孫の写真が貼ってあります。もはや狂気の爺バカです。

でも、輝ける「爺ちゃん」の称号は、もう一人の爺ちゃんに差し上げ、私は「グランパ」と呼んでもらっています。高橋真梨子が歌う「頑固な唇でウィンク上手」なグランパです。だから私の場合は「爺バカ」でなく「グラバカ」です。

1号は気持ちよく「グランパ!」と呼んでくれますが、2号は抵抗があるのか受けをねらってか「ハナガッパ!」と呼んでくれます。こちらも最初は抵抗ありましたが、今は「ハナガッパ」と呼ばれて「ハイヨ~」と返事するグランパです。

孫を持ってわかったことは、母親は子どもがお腹に宿ったときから「この子をどの幼稚園に入れようか」と考えていることです。そして赤ちゃんを抱いて来て、月に1度でも園長先生から「あら、可愛いね」と言われると、子育ての苦労が吹っ飛ぶそうです。そんな視点と愛情をもった幼稚園であってほしいと願っています。

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