研修会・講演会・審議会

全日私幼連総会と歴代文科相三人と震災義援金

2011年5月25日(水)

 東京市ヶ谷・私学会館で行われた全日本私立幼稚園連合会(香川敬会長)の総会に出かけました。年に1回の総会なので、例年ならあちこちで久しぶりの挨拶が交わされるなど多少華やいだ雰囲気を感ずるものですが、今年はやはり通夜のようなムードでした。

★私立幼稚園の死者不明は82人

 東日本大震災で、私立幼稚園は園児・教職員の死者行方不明者が計82人(うち園児76人)、園舎施設の損壊が707園(うち全壊または流出が13園)という被害を受けたのですから仕方ありません。

 毎年、総会に出かける関心のひとつに来賓の顔ぶれがあります。今年は高木義明文科相が国会答弁のため事務次官の代理出席となりました。そのためSPや大手メディアの姿はありませんでしたが、全日私幼PTA連合会の河村建夫会長(自民党衆議院議員・元文科相)、民主党私学振興推進議員連盟の川端達夫会長代行(衆議院議員・前文科相)、自民党幼児教育議員連盟の中曽根弘文会長(参議院議員・元文相)の歴代大臣三人が並びました。

 三氏の挨拶は、当然ながら震災に関する内容が中心でしたが、それ以外について語った部分を紹介しましょう。

★民主党代表は幼保一体化に触れず

11052501_4  河村建夫氏は、全日私幼連が長期計画で推進する「こどもがまんなかプロジェクト」をPTAとして全面的にバックアップしていくことを述べたうえで、幼保一体化については「学校教育法の改正で、最初の学校が幼稚園と明確に位置づけられた。この意図が正しく理解され、そしてこれを生かす活動を展開していく」と述べました。

11052501_5  川端達夫氏の話はすべて震災がらみでしたが、その中でこんなエピソードがありました。「関西人(滋賀県選出)なので阪神淡路大震災の教訓から、あの時以来、我が家ではラジオ、スリッパなどの入った防災袋を用意してきました。ところが今回、それが見つからなかった。ようやく押入の奥からほとんど空の状態で見つかりましたが、“これは何だ?”と考えました。憂いの意識が薄れていたのです。“備えあれば憂いなし”ではなく“憂いなければ備えなし”が正しいのだと知りました」

11052501_6  自民党の参議院議員会長でもある中曽根弘文氏は「50年ぶりに改正された教育基本法は家庭教育、私学教育、幼児教育を重点にしていますが、民主党の幼保一体化構想はそれをないがしろにしている。子どもの立場を第一に考えるべきですし、教育の質が低下することがあってはなりません。政権交代で棚上げされましたが、自民党は幼児教育の無償化で議論を積み上げてきました。これを実現させるためにも政権復帰を目指していきます」と述べました。

 つまり自民党の二人が、法体系と理念から幼保一体化問題を取り上げたのに対して、民主党の代表はこの問題に一切触れませんでした。民主党政権の密室体質と思慮の浅薄さがここでもまた明らかになったと言えます。

★義援金の動きにも時代の変化が

 来賓が引き上げた後の総会では震災義援金の使い方について議論がありました。各幼稚園から都道府県団体経由で全日私幼連に集まった約4億6千万円の義援金を、すべて私立幼稚園関係で使っていいのか、という問題でした。

 幼稚園の募金箱にお金を入れてくれた園児や保護者の気持ちには、私立幼稚園だけでなく、もっと幅広く使ってほしいとの願いがあったのではないかとの指摘です。

 最終的にこの意見は、①募金の趣旨が明確であったこと、②これまでも同じ形で行われてきたこと、③他の業界団体でも対象限定化は一般的であること、などの点から支持されず執行部提案が承認されましたが、私にはこのこと以上に気になったことがありました。

 それは、16年前の阪神淡路大震災ではたちまち5億円の義援金が集まったのに、それよりずっと被害規模が大きい今回が4億6千万円にとどまったことです。

 2度の中越地震を含めると、この16年間に4度の国内大震災があり、スマトラ沖、中国四川省、ハイチ、チリ、ニュージーランドと海外での大震災が相次ぎ、そのほかにも噴火、大雨などの被害が何度もあって、そのたびに私立幼稚園は保護者、職員に義援金を呼びかけてきました。それがいつしか“義援金慣れ”的な意識を生んでいたのかも知れません。

 あるいは逆に、余りの被害の大きさに身がすくみ「義援金だけでいいのだろうか?」という思いが強まって思い悩んだのかも知れません。などと考えていました。

 ところがいくつかの県団体事務局で訊いてみると、集まった義援金の半分を全日私幼連に届けて、残り半分は直接被害のあった県団体に届けたというケースがあることがわかりました。県団体同士の交流があったり、過去に直接支援してもらったことがあったなどの事情があったからのようです。

 つまり私立幼稚園に集まった義援金は、全日私幼連が公表している金額よりはるかに多いと察することができ、ちょっとホッとしました。それと同時に感じたこともありました。それは、民主党政権になってから「政府は信頼できない」という国民の意識が高まったわけですが、同じ図式で「中央組織、全国組織は信頼できない」という意識が底流に広がっているのではないかということです。

 幼稚園情報センターにも「被災した幼稚園を自分たちでこんな形で応援したい。それを受け入れてくれる幼稚園を教えてほしい」という要請がいくつもありました。組織や機関を介さず、直にお互いの気持ちをつなげたいという意識です。これもまたインターネット時代の変化なのかも知れません。

※全日私幼連総会での香川会長、吉田敬岳前会長の挨拶は幼稚園情報センター・私幼ヘッドラインに掲載しました。


学校評価協力者会議と旧文部省と築地カツカレー

2008年8月27日(水)

★「評価の時代」に幼稚園がどう対応するか

朝9時から文科省で「幼稚園における学校評価の推進に関する調査研究協力者会議(第9回/無藤隆座長=白梅学園大学教授)」が開かれ、その傍聴に出かけました。

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この日の会議は、「幼児教育の改善・充実調査研究委託事業」として、今年度、「幼稚園における学校評価」をテーマに研究している4つの団体から途中経過を聞き、それについての質疑や意見提起を行いました。年度末の研究まとめに向けた方向調整といえるものです。

4つの団体は、①岐阜県本巣市(教委)、②奈良県大和郡山市(教委)、③福井県私立幼稚園協会(杉山法継会長)、④(社)新潟県私立幼稚園協会(前田邦光会長)。各団体から現在までの研究内容・課題、今後の計画などが報告されました。

格付け、ランキング、マル適マークが注目される現代は「評価の時代」とも言われますが、いざ幼稚園がその当事者になると、「誰が、何を、どう評価し、どう活用するか」という点で、まだ十分な共通理解が得られていないことが察せられます。

そのためこの日の会議も委員からは、「教師の力量ではなく、あくまで組織のマネジメントを評価するもの」「教師の関わり、子どもの育ちに重点をおくものではない」「難しく考えず、やるべきことができているかどうかの基本を問い直すもの」「現在の財政投資や補助金が生かされているかどうかも評価してほしい」「幼稚園は小さい組織なので、保護者アンケートなどより、面談やグループ討議で生の声を集約するようにしてほしい」などの意見が相次ぎました。

この評価。そもそも幼稚園にとっては、親が慎重に吟味検討し、自分なりに評価を下して園を選択しているので、「改めて評価する必要があるのだろうか?」「そのための負担が大きくなるのは辛い」などの思いが吹っ切れない点も多々あります。

それについて委員からは、「きちんとした診断を行うことで、私立幼稚園の経営努力、経営効率がより改善されるのです」と理解が求められました。

なお同協力者会議の次回会合は、4団体の研究がまとまる来年2月の開催が予定されています。

★古き良き文部省は記念館に

Photo_5 ところで文部科学省と言えば、地下鉄・虎ノ門駅前の重厚な建物を思い浮かべる人が多いと思いますが、2008年度からは、その古い建物の裏手に聳える高層ツインタワーの中にあります。

旧文部省の約3分の2を切り取り、隣接していた国立教育会館、虎ノ門ホール、会計検査院を取り壊して建てられた巨大なビルで、日本最初の高層ビル・霞ヶ関ビルも陰に隠れてしまいました。

嬉しいことは、3分の1になったとはいえ、道路に面した古い建物が残ったことです。さすが文化財の元締めだけのことはあると敬服です。

Photo_6 その昔、私が毎日のように通った玄関も残っています。何だか嬉しいものです。

1976(昭51)年、この玄関脇で全国私立幼稚園連盟の人達が、個人立、宗教法人立など102条園への補助金を求めて「座り込み」を行いました。

私は学校法人立の団体にいたのですが、生来の野次馬根性のため、「どうなっただろうか。今日は誰が座っているだろうか」と毎日眺めに行きました。

「座り込み」は5日間ほどで終わりましたが、そのときの波紋と顰蹙が私幼団体統合への流れをつくった一因とも思っています。

Photo_7 この旧文部省の3階に大臣、次官、官房長などのお偉方の部屋が並んでいたのですが、今はそこが記念館になっています。

写真が当時の大臣室です。内藤誉三郎氏、森喜朗氏、松永光氏が文部大臣をされているときに、何度か中に入れてもらい、このソファの末席に座らせてもらって感動したものです。今はそこに自由に入ることができるのです。

そのほか、この三階をぐるっと歩いて見ると、文部科学省が学校教育から芸術、文化、スポーツ、宗教、ロケットまで非常に幅広い分野をカバーしていることがわかります。

1950年代の給食、田村亮子選手が実際に着た柔道着なども展示してあり、しみじみと楽しめる空間でもあります。どうぞ幼稚園関係の皆さん、東京に出てきて時間のあるときは、ぜひ旧文部省の記念館(情報ひろば)を訪ねてみてください。無料です。

003 「東京に来ているんなら、一緒に昼飯を食べませんか。片岡さんの好きそうなものがあるんだ」と、前・全日私幼連事務局長の青木宏之氏(写真)から誘いがあり、いそいそと築地に向かいました。

「青木さんはどうしてるの?」とよく訊かれますが、彼は今、全日私幼PTA連事務局長に残った傍ら、朝日エル社とのコラボで「インファントピアプロジェクト」という組織を立ち上げ、幼児教育に関わるビッグイベントの準備に取り組んでいます。その活動拠点が築地にあるのです。

私の後輩ではありますが、不肖の先輩と違って壮大かつ堅実な新しい道を歩んでいますので、どうぞご安心ください。

001 彼が連れて行ってくれたところは、「銀座スイス」というカレー屋でした。それが何と、カツカレー発祥の店だったのです。

1948(昭23)年、この店の常連だったプロ野球巨人軍の千葉茂選手が、「カレーにトンカツをのせてくれ」と思いつきの注文をしたのが、メニューに載るきっかけになったそうです。

お言葉に甘え、850円のカツカレーを後輩におごってもらいPhoto_8 ました。カレーの中にニンジンやジャガイモは見あたらず、見あたるのは挽肉だけでしたが、芳醇濃厚な香りと味の美味しいカレーでした。

カレーの後は「ひよこ屋」という喫茶店で、一杯150円の本格コーヒーを飲みながら、ひとしきり世間話をして別れましたが、ふと頭の中で「おいおい、築地まで来て、本願寺に寄らずに帰るのかい。そりゃないだろう」という声が聞こえて聞こえてきました。

真宗本願寺派の先生方に叱られてはいけませんので、地下鉄に乗る前に訪ねました。そして「またいつか、あの美味しいカツカレーが食べられますように」と心を込めて合掌したのでした。

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関東地区教研埼玉大会&幼児教育無償化研究会

2008年8月21日(木)

Photo_5 全日本私立幼稚園連合会の関東地区教員研修大会(埼玉大会)が21日・22日と大宮のソニックシティで開催されました。

私にとっては悩ましき大会になりました。理由は22日が静岡県焼津市で開かれる(株)サンロフト社の「幼稚園IT活用セミナー」と重なってしまったためです。そこで今回は21日の全体会を集中して取材させてもらおうと思ったのですが、この日も幼児教育無償化の具体化を検討する文科省の「今後の幼児教育の振興方策に関する研究会(第4回)」とかち合ってしまったのです。

そこでやむなく、関東大会を途中で抜けだし、その間の取材(録音と撮影)は遊軍カメラマンの河口正馬氏に頼み、大宮と虎ノ門を往復することにしたのです。

落ち着かない一日となりましたが、朝、大宮の会場に着いてまず気がついたのは、大会運営を担当する埼玉県の先生方が、お揃いのポロシャツを着ていたことです。

ひと頃はやったTシャツではありません。襟の付いたポロシャツです。しかも触った感じは結構上等な品物です。胸には「あついぞ!埼玉、輝く親子の瞳」のデザイン文字があり、瞳の部分がちょうど目玉焼きのような感じになっている、ほかでは絶対に見かけない貴重な品物です。

Photo_4  「このポロシャツ、ほしいな。会場で売っているなら、買いたいな。3000円以上じゃ無理だけど」と正直に思いました。でも売っていませんでした。

そこでせめて写真を、と思って写させてもらったのがこの先生、春日部成就院幼稚園の平原隆幸園長です。関東地区の会長、埼玉県の会長を長年務める平原隆秀先生の長男です。

同園は現在、年度内完成をめざして園舎の建て替え中。若い園長には気苦労の多い日々ですが、オヤジが音頭を取る大会に粗相があってはいけないと、精一杯の気配りに務め、愛想をふりまいていたけなげな息子でした。

2600人が参加した会場は、まさに幼稚園教育の熱気に溢れましたが、そんな賑わいからそっと離れて私は文部科学省へと向かいました。

★幼児教育無償化は経済投資効率にすぐれている。

Photo_6 さて、幼児教育振興方策研究会(無藤隆座長=白梅学園大学教授)のこの日の会合では、大竹文雄委員(大阪大学社会経済研究所長&教授=写真)が、経済学および財政投資効率から見た幼児教育無償化の有用性に関する研究事例を報告しました。

それは、ノーベル経済学賞を受けたジェームズ・ヘックマン教授(米シカゴ大学)の一連の追跡研究によるもので、結論は、6歳までの幼児期に十分な教育投資を行えば、その後の学力向上、生活力向上(犯罪リスクや持ち家比率など)に成果を見ることができるというものでした。

中学生、高校生になった子ども、あるいは職業訓練を受けるような人達に教育投資をしても何も成果は得られないが、幼児への教育に力を入れれば、学力面でも生活面でも、きちんとした人間に成長する確率が高いということです。

IQの向上は見られないものの、社会的成功の上で必要な能力(根性、忍耐、ヤル気など)を育てることに成果があり、その結果、幼児教育が十分に行われた子どもについては、その後の教育投資も有効に生きてくるということでした。

つまり、思い切った公費投入で幼児教育を無償化すれば、日本社会全体の経済性が良くなり、財政的にもどんな投資よりコストパフォーマンスが良いという指摘です。

「三つ子の魂百まで」「幼児教育こそ人間形成の基礎」と言われてきたことを、経済学的に論証したものと言えます。

こうした論点は、これまであまり聞かれなかったので、妙に説得力を感じました。しかし日本の現実は、一口に幼児教育といっても幼稚園から無認可施設まで幅が広く、幼稚園の中でも、その教育方針、教育内容には大きな違いが認められます。

そこで森上史朗委員(子どもと保育総合研究所代表)は、「無償化を入れるなら、教育の質を見直し、その質の中身を評価するシステムを整備しなければならない」と述べました。

評価される質とは、大きく分けて①条件の質(施設・制度等の環境、教職員の資質、給食など)、②プロセスの質(指導計画、記録、幼児の集中度・満足度など)のふたつがあるとのことです。

このへんが私立幼稚園と保護者の不安でもあります。無償化と評価によって、幼稚園教育が画一化され、個々園のダイナミズムが失われて、結果的に教育の質低下になるのではないかとの心配です。

財政火の車の日本で、無償化が本当に実現するかどうかはまだまだわかりませんが、同研究会の議論を聞いているかぎりでは現実味を感じます。そしてそのときには、この研究会での議論が大事な根拠になるものと思います。

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写真は左から稲毛律夫委員(江戸川区子ども家庭部長)、岩立京子(東京学芸大学教授)、岩淵勝好委員(東北福祉大学教授)、秋田喜代美副座長(東京大学大学院教授)、無藤隆座長、大竹文雄委員、佐藤津矢子委員(高知県教委幼保支援課長)、森上史朗委員。この日、柏女霊峰委員(淑徳大学教授)は欠席でした。

★歌声に満ちた関東大会の全体会とレセプション

Photo_8 再び大宮の関東地区大会に戻ると、坂東眞理子氏(昭和女子大学長)の記念講演は終わり、ステージでは「日本のうた・世界のうた」と題した音楽フォーラムが行われていました。

「歌声、笑い声、話し声」が聞こえる家庭からはよい子が育つと、「家庭に三声運動」を提唱したのは道灌山学園の高橋系吾理事長。それに応えて埼玉県では、県内在住のプロ歌手の方々の応援も借りて、童謡・唱歌を中心に日本の歌を幼稚園や親子で歌う運動を進めてきました。

下総皖一、清水かつらなど、童謡、唱歌の作曲者、作詞者が埼玉県からたくさん生まれたという由縁もあります。

この日のステージは、そうした埼玉県が日頃取り組んでいる歌声運動の様子を、関東各県の先生方にお知らせするという意味合いもあったようです。

上の写真はそのフィナーレで、出演者のほかに関東地区8県(新潟、千葉、山梨、神奈川、群馬、栃木、茨城、埼玉)の団体長も登壇し、参加者全員で下総皖一作曲の「たなばたさま」を歌いました。

そのムードは、各県団体役員、分科会講師、運営担当者らによるレセプションにも持ち込まれ、ほかではめったに見られない、出席者が次々に歌い踊るというユニークな懇親会になりました。

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上の写真でマイクを持っているのは安(やす)初美先生(茨城県・栄光幼稚園理事長)、その右で可愛く両手を合わせているのが関東地区&埼玉県会長の平原隆秀先生(春日部成就院幼稚園理事長)。後ろでは高橋史朗氏(明星大学教授)、板垣英憲氏(政治評論家)、松居和氏(教育評論家)など錚々たる面々も楽しそうに歌っています。

このとき何を歌っていたのか?不肖編集長も少々酔っていたため、そこまでは覚えていません。お許しください。


埼玉県親学研究講座と高橋史朗と平原隆秀

2008年8月4日(月)

★幼稚園でより深く楽しい親支援活動を

準備から後片付け、土曜早朝から日曜の昼下がりまで、3年ぶりに陣頭指揮をとった地元自治会の「ファミリー夏祭り」は、正直言ってボロ雑巾のように疲れました。

それでも花見川区長、県会議員、市会議員、近隣の自治会長ら来賓が多数駆けつけてくれ、何より、幼稚園児から中学生まで、たくさんの子ども達が親を引き連れて、つくだ煮にように集まってくれたことが嬉しいことでした。

001 そんな疲れを引きづりながらも、浦和の「さいたま共済会館」にやってきました。(社)全埼玉私立幼稚園連合会(平原隆秀会長=春日部成就院幼稚園)が主催する「埼玉県『親学実践』研究講座2008」が行われたからです。

4日、5日の2日間で計16時間におよぶ集中セミナーの企画と案内には私も関わったため、司会進行の役も仰せつかっての取材でした。

特訓とも言える缶詰講座で、参加費は1人25,000円。同連合会主催のセミナーで、これだけ高い参加費を設定したのは初めてとのことでした。

しかも埼玉県は8月21・22日に全日私幼連関東地区教研大会(大宮ソニックシティほかで開催)も控えているので、「50人くらい参加してくれたら御の字」と思っていたのですが、フタを開けたら参加者は85人。親学に対する埼玉県幼稚園関係者の関心の高さを改めて実感しました。

Photo セミナー開催のきっかけは、親学提唱者のひとりであり埼玉県教育委員長を務める高橋史朗氏(親学推進協会理事長、明星大学教授)から、平原会長(写真)に対する「幼稚園を親学推進の拠点にしたい。ぜひ協力してほしい」との要請でした。

埼玉県では、20年も前から「子育てフォーラム」「家庭教育フォーラム」を毎年20数カ所で開催しています。全家庭に配布する「子育てジャーナル」を発行し、童謡・唱歌・童話による親心の復活運動にも取り組んできました。

つまり、親のための研修・啓発活動は全国で一番活発に行っている団体なのです。それでも個々の幼稚園に親が集い、学ぶ機会をもっと広げていこうと、「親学実践」への研究講座も行うことになったわけです。

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講座のスタートはもちろん高橋史朗氏(57)でした。

2005年と2007年の教職員大会で記念講演を行ったこともあり、高橋先生の話は埼玉県の先生方は何度も聞いています。私はたぶん20回近く聞いていると思います。それでも同氏の話は、何度聞いても飽きないという不思議な特性を持っています。

Photo_3 それは、ひとつはめったに見かけない立派なヒゲであり、バリトンボイスの美しい日本語にあると私は思っています。まるで言葉のコンサートのように、目と耳を心地よくさせてくれるからです。

もうひとつは話の中身がぎっちり凝縮されているため、「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせる」「守破離」「主体変容」「流汗悟道」……など高橋氏がよく使う言葉の意味は、何度も聞いているうちにジワジワと染みこんでくるという面があるからだと思います。

Photo_4 「そうか、ヒゲと声か、こんな人はほかにはいないな……」と思ったら、一人いました。白梅学園大学の汐見稔幸学長(61・東大名誉教授=写真)です。

汐見氏のヒゲはヤギ風です。声もヤギ風でポニョポニョしていますが、目と耳を楽しませてくれる点では、たしかに共通性があります。

ヒゲも声もゴワゴワ感の高橋氏とはイメージが対照的で、考え方も180度違っています。高橋氏が「親の教育、意識向上を図り、家庭と幼稚園が一緒になって子どもを育てていこう」と呼びかける理想派なのに対して、汐見氏は「親に任せていたのでは不幸な子が増えるばかり。保育所や幼稚園が中心になって子育てをしなければいけない」と主張する現実派です。

そのため、この二人がシンポジウムで一緒になると激しい論争が始まり、テレビタックルのように盛り上がります。「面白いシンポジウムを企画してみたい」という団体はぜひお試しください。

Photo_5 さて肝心の「親学実践」研究講座です。午前中の2講座を高橋氏が担当した後、午後の第3講座は小児科医の高橋えみ子氏(親学会副会長=写真)が、母親の胎内で子どもが育つ様子を説き明かし、「赤ちゃんは生まれた直後から目と耳が機能しているので、未熟児も含め、すぐにいろいろな刺激を与えていくことが必要だ」と言いました。

作家・三島由紀夫氏が小説『仮面の告白』の中で、「自分には生まれた直後の記憶がある」と産湯のタライの中から見た光景を描いています。「そんな話は信用できない。作家独特の空想力だろう」とずっと思っていましたが、「もしかしたら、本当なのかも知れない」とふと思ったものでした。

Photo_6 初日最後の第4講座「親が変わる意義とポイント」の講師は、(社)倫理研究所の森田正廣氏(写真)でした。実は私、この時間を一番注目していました。

森田氏が、30年間にわたり「親子の倫理(子は親の心を実演する名優である)」を一途に研究してきた人と聞いていたからです。しかしそのような話はまったくありませんでした。それどころか、どの話題も尻切れトンボどころか胴切れトンボで、私には何が言いたいのかまったくわかりませんでした。

もしかしたら意味不明の話をたくさん羅列することで、そこから何かを考えてほしいという高度な“なぞなぞ問答”だったのかも知れません。そのうえ森田氏の講演途中で外は激しい雷雨になり、意識は分散され、さらに謎が深まりました。

★すべてのアイディアは飲み会のテーブルから生まれる

ともあれ無事に第1日が終わりました。そこで、さいたま共済会館の真向かいにある東晶飯店でミニ反省会が始まりました。

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写真は左から不肖編集長、親学推進協会の良本光明事務局長、平原隆秀会長、親学推進協会の永沼宏之理事です。

今日の反省、明日の課題、そして日本の未来へと、いろいろな話題が飛び出しました。平原先生はこのくらいのメンバーでじっくり懇談するのが好きで、我ら三バカ(カメラマン・河口正馬、ベストライフ・井上道男、幼稚園情報センター・片岡 進)にも時々声がかかります。

同席メンバーの議論を静かに聴いていて、「それ面白いよ。具体的に考えてみたらどうか」「その話は、もう少し調べた方がいいね」などと言ってくれます。もちろん長い時間話しても、何も平原先生の感性に触れないときもありますが、そんな時でも最後までニコニコと話を聴いてくれます。

こちらがウッカリ忘れていても、平原先生は決して忘れず、「この間の件はどうした?」と言ってくれてドキッとします。決して酔わない、なかなか怖い人物です。思えば、子育てジャーナルも、今回の親学実践研究講座も、そんな飲み会の雑談から生まれてきたと記憶しています。

「新しいアイディアは、すべて飲み会のテーブルから生まれてくる」。それが平原流の人生哲学なのかも知れません。


千葉県教研大会とマリーンズバーと前橋明

2008年7月29日(火)

★選挙に意欲満々の堂本知事とチームうすい

Photo 全千葉県私立幼稚園連合会(金子眞理子会長=船橋市・古和釜幼稚園)の教員研修大会に行ってきました。会場の幕張メッセ国際会議場に入るなり「やあ、よく来たね」と声をかけてくれたのがこのお二人でした。

左が事務局の越川敏さん、右が船橋市・神明幼稚園の畑佐耕一郎理事長です。

ここはわが家から自転車でも来られるところなので、「よく来たね」と言われると照れますが、ともあれ元気に声をかけてくれる仲間がいることは嬉しいことです。

越川さんは、現在日本の私立幼稚園団体の事務局職員の中で最古参です。1974(昭49)年4月から34年のキャリア。私は同年1月から『私学新報』(現全私学新聞)の幼稚園担当記者になりましたので、私幼界での歴史は3ヶ月ほど先輩ですが、事務局一筋の越川さんにはかないません。大事な戦友としてまだまだ頑張ってもらいたいものです。

ただ、畑佐先生とはときどき銚子や九十九里浜産の鰯を食べながら酒を飲みますが、越川さんとはそんな機会がありません。次はぜひ三人で鰯を食べたいものです。

Photo_2 そんな話をしているうちに開会式が始まりました。昔ながらのオーソドックススタイルの開会式ですが、光っていたのは三人の女性でした。

1人は金子眞理子会長です。会うたびに会長としての風格を増していくのに感心します。最初に会ったのは船橋のラーメン屋。10年近く前のことです。ほかの園長さん方の話を聴きながらニコニコとラーメンを啜っていました。まさかこんな堂々たる会長になるとは夢にも思いませんでした。

挨拶の中身はいつもソツがありません。変哲のない無難な挨拶とも言えますが、問題発言をしたり、クドクド口調のリーダーよりよっぽどましです。何より、よく通る声ときれいな言葉遣いのおかげで、「いいお話を聞いた」という気持ちにさせてくれます。これは特異な能力と言えます。

Photo_3 2人目は、約15分間の永年勤続表彰の後に来賓挨拶を行った堂本暁子知事(76)です。

3年前の選挙で、私は自民党の要請もあって、自治会長として元俳優&代議士の森田健作氏(58)を応援しました。結果は96万票対95万4千票。6000票の僅差で負けました。あのときの疲労感と悔しさは今も体の中に残っています。

そんなことがあり、またこの方がいつも真っ赤または真っ黄色のスーツを着ていることもあって好きになれませんでしたが、この日はグリーン系のやや適切感のある服だったので少し好感が持てました。

10分におよぶ挨拶の中身も、勤続表彰の間に基調講演レジメをよく読んだようで、話を上手に展開して「地域の真ん中に子どもがいる政策を進めたい」とつなげ、幼稚園教師の仕事の尊さを具体的に指摘してまとめたのはさすがでした。

即興でこれだけ長い挨拶を構成できる人は、少なくともこれまでの千葉県知事にはいなかったと思います。三選への意欲をたっぷりアピールした堂本知事でした。

来年3月の知事選に、森田健作氏が再出馬する気配は薄く、自民系では、少子化対策・男女共同参画担当特命大臣を務めた千葉県市川市出身の猪口邦子衆議院議員(56)が出馬するとの噂がしきりです。千葉県は今しばらく女性トップの時代が続きそうです。

Photo_4 三人目の女性は、全千葉県私立幼稚園父母の会連合会の名誉会長を務める臼井日出男代議士(元法務大臣)の代理で挨拶した妻・久美子さんでした。

臼井代議士の娘、貴嶋美知子さんの代理挨拶は何度か聞いたことがあり、「国会の後継者には、県会議員をしている息子より、娘の方がずっと適任だ」と思っていましたが、妻もまた、その表情と語り口で聴衆を魅了しました。

何より感服したのは、「子育て支援というと、保育所の整備だ、保育時間の延長だという議論になりますが、それは子ども達の心の安定、健全な育ちにはならないと思います」と明確に言ってくれたことでした。

臼井日出男代議士は一家総出で政治活動に取り組み、「チームうすい」と呼ばれていますが、この奥方がいる限り、「チームうすい」はいつまでも濃いと思ったものでした。

★再び奈須正裕氏の幼小連携講演を聴きました。

Photo_5 引き続き行われた「幼児期に育てたい学力の芽」と題する基調講演の講師は、1週間前の22日、東京都の教研大会と同じ、上智大学の奈須正裕教授(47)でした。

わずか1週間前のことですから、話の中身も展開もほとんど同じで、おかげで録音を聞き直す手間が省けました。

といっても、聴衆の反応によってギャグのメリハリにはいくつか違いがあり、「さすがこの人は芸人だな」と改めて感心させられました。

奈須さんの話の中で、一番大事なことが22日の報告には抜けていましたので、この機会に以下の点を付け足しておきます。

①幼稚園と小学校の間の段差は、形式的なものはある。それはケジメとしての通過儀礼的なもので、意識を変える上で大いに意味がある。

②しかし、内容的な段差はない。「ある」と思っているのは小学校以上の先生たちで、だから1年生を子ども扱いして無限後退を引き起こす。

③たとえば「数量形」。その概念と経験は幼稚園ですっかり出来上がっている。小学校ではラベルをつけて整理をすればいいだけだ。ところが小学校の先生は幼稚園で学んできたことを理解しないので、また最初から始めてしまう。見学だけでは幼稚園で培われた学力の実情がわからないからだ。

④大事なことは、幼稚園の先生が、自分達がやっている教育の内容を、小学校の先生にきちんと伝えることであり、そのための発信能力、伝達能力をもっと磨く必要がある。

ということでした。つまりは落語家然とした奈須さんの講演をもっと何回も聞いて、その内容よりも話し方を学ぶことが肝心だということでしょう。

子ども達に話をするとき、幼稚園の先生方は皆、毅然としていて、わかりやすく語ります。ところが大人相手になると、とたんにシドロモドロになる人が多くいます。相手の反応が違いすぎるからかも知れません。

これを克服して、子どもにも大人にもわかりやすく話すことができるようになれば、幼稚園は、小学校はおろか中学校も高校も大学も超える存在になるだろうと思います。

★マリーンズ勝利の夜はビールが半額に

Photo_6 お昼になりました。私は迷わず、海浜幕張駅前のバーガーショップ・ロッテリアに行きました。そこには千葉マリーンズのオフィシャル・スポーツ・バーがあるからです。

福岡で三連敗して帰ってきたマリーンズは、前夜、東北イーグルスと闘い、延長10回に劇的サヨナラ勝ちをしたからです。

「きっとその余韻があるはずだ」と思ったら、案の定、トイレの便器からはまだプンプンとビールの残り香が漂っていました。

マリーンズが勝った瞬間から閉店(23時半頃)まで、このオフィシャル・バーはビールが半額になるので、ファンは浴びるように飲むのです。その歓喜の光景を思い浮かべました。自転車を飛ばせば、球場から来る人より先に着くこともできるのですが、帰りにヨッパライ運転をするわけにもいかず、いつも合流を思いとどまってしまいます。

Photo_7 ロッテリアで注文したのは、もちろん幕張から全国に広がった「絶品チーズバーガー」(360円)です。マックのチーズバーガーなら100円でもっと大きいですが、味が違います。何しろゼッピンですから。

肉とチーズが二倍入ったダブルチーズバーガー(略称=デラゼッピン、490円)は今も幕張でしか売っていません。

ロッテリアのいいところは、バーガーだけを買っても「店内で食べる」と言えば、氷の入った水をサービスしてくれることです。今回、私は奮発してコーヒーも頼みましたが、ちゃんと水も付けてくれました。

★前橋明氏の講演は「劇団ひとり」風でした

午後の分科会は、第1分科会「幼児の健康・生活リズムと食」に張り付きました。

Photo_8 そこの講師が、元『月刊・幼稚園ママ』編集長の西東桂子さんが推奨する前橋明さん(早大人間科学学術院教授)だったからです。

話の中身は、どこでも聞く「早ね、早おき、朝ごはん」でしたが、それを訴え表現する前橋さんの熱演に感心しました。

祖母との入浴シーン、父親との虫捕り、友達とのチャンバラ、あるいは一番前に座っていた先生を相手にした親子劇など、富田富士也氏(子ども家庭教育フォーラム代表)もビックリするだろう迫真の演技は、「劇団ひとり」の芝居を見ているようでした。

たしかに「生活リズム」運動のもう1人の旗頭、モジャモジャ頭の神山潤氏(東京北社会保険病院副院長)に比べると、やり過ぎくらいに情がこもっている人でした。

結論は、「祖父母が孫に生きる知恵を伝え、母親が1日に15分でも子どもと体操遊びをし、父親が早起きして遊びの極意を伝授すれば、日本の子どもは健全な生活リズムに戻る」ということでした。

もちろんその背後にある深い意味も伝えなくてはいけませんが、繰り返し繰り返し、幼稚園から発信していくことなのでしょう。それを考えただけでも、幼稚園がもっとも価値ある教育機関だと思います。

レジメのプロフィールで前橋氏の年齢は不詳でしたが、話の内容や1977年に最初の大学を卒業していることを考えると、50台の前半だろうと思えました。それにしては、写真のとおり髪が真っ黒でフサフサです。風前の灯火状態にある奈須正裕氏や私とは対照的です。もしかしたら、西東桂子さんはこの髪の美しさに惹かれたのかも知れません。


畑正憲と奈須正裕と東京民族音楽

2008年7月22日(火)

★兄弟の個性の違いは家族生き残りへの仕掛け

Photo 九段会館に行きました。70年以上前から同じ姿で立っている懐かしい建物です。通称「遺族会館」と言われますが、昔は「軍人会館」と呼ばれ、二・二六事件では戒厳司令部が置かれ、終戦後は連合軍の宿舎に使われました。

私が最初にここに入ったのは、1969(昭44)年春の作家・大江健三郎氏の講演会でした。

約1200席ありますが、3階席が大きく、それも前にぐっと張り出しているので、舞台に立つ人の視線は自然に3階に向いてしまいます。だから九段会館で講演を聴くときは3階がベストです。

その九段会館で、全日本私立幼稚園連合会東京地区大会を兼ねた東京都私立幼稚園連合会(北條泰雅会長)の教育研究大会が開かれたのです。

003 午前の講師は、作家・畑正憲氏(73)でした。

通路、ロビーまでびっしり人で埋まった40年前の講演会は、いちいち「そうだ!」「異議なし!」のかけ声が飛んで騒然としましたが、今はみんな静かに話を聴きました。

畑氏の話で印象に残ったのは、ほ乳動物の個性の違いでした。

ひと腹から何匹も生まれる犬や猫でも、子どもは皆個性が違います。大胆な子、臆病な子、呑気な子とさまざまです。それは生まれた後の環境で、だれか一匹でもうまく生き残れるようにと仕組まれた家族生き残りの仕掛けなんだそうです。どれも同じ性格、行動癖だと全員死んでしまう可能性があるからです。

人間の子どもも、長男、次男、長女、次女……で皆性格が違います。これもやはり、変化する社会環境の中で、誰かそれに適応して生き延び、家業を継いでくれるようにとの仕掛けだと思います。

ところが、子どもが1人や2人だと、兄弟間の多様性が足りず、社会環境に適応できないリスクが多くなります。このところ頻発する家庭内殺人、無差別殺人、猟奇的犯罪の大半が長男、長女によって行われていることを考えると、今の時代は、温厚堅実型の長男・長女タイプには向いていないのかも知れません。

幼稚園を含め、家業の継承が長男でうまくいかないケースは、案外そんな生物学的問題に起因しているのかも知れません。

この、ほ乳動物本来の現実に人々が気がついたときに、少子化時代が終わるのだと思います。永遠に気づかないかも知れませんが。

★小学校以上の教育はみんな“小島よしお”だ!

001 午後の講師は、上智大学総合人間科学部教育学科の奈須正裕教授(47)でした。「小学2年生と郵便屋さんごっこをやるのが夢だったから」と豪語する小学校教育研究の専門家です。

この人の話は口調も中身も面白く、また会場全体をハッとさせる強烈なパンチも繰り出してくれました。印象に残った話を列記すると、

①学力低下を問題視する教育学者は、子どもがニコニコしていると腹が立つ特異体質の人ばかりだ。

②小学校以上の日本の教育は、すべて小島よしおだ。子どもが興味関心を示しても、「そんなの関係ない!」と教師がやりたいことをやるだけだから。

③幼稚園の先生は、「きっとできる」と子どもの底力を信じている。ところが小学校の先生は「きっとできない」と思っている。

④小学校に幼稚園的感覚を持った先生を増やしたい。今でも5%くらいいるが、これを10年間で30%にしたい。そうすれば日本は変わる。

⑤小学校に入学した最初の1週間が間違っている。学校中が赤ちゃん扱いするから、子どももすっかり赤ちゃん返りしてしまう。入学式の翌日から6時間授業にして給食も始めるべきだ。

⑥6年生を見て比べれば、1年生はたしかに幼く見えてしまう。そこに間違いの原点がある。しかし、幼稚園の先生も同じ間違いをしている。年長さんの大人ぶりを見て、三歳、四歳児の底力を小さく見ているからだ。

この落語家口調の学者が、教育界でどれだけ影響力を持てるかわからないが、できれば今のパワーを維持したままで、どんどん大きくなってもらいたいと願ったものでした。

二つの講演の後は、「和楽器とジャズのコラボレーション」と題した、東京民族音楽(リーダー=龍笛・大田豊)という楽団の演奏会でした。

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龍笛、尺八、鼓、琵琶、笙という和楽器にドラムスとウッドベースが加わった7人が、フュージョンジャズを演奏するのです。

従来のジャズバンド構成に尺八や鼓が加わる演奏はときどき見かけますが、和楽器中心のジャズバンドは珍しいものです。しかも楽器の性格上か、楽士の大半が東京芸大、国立音大、東京音大などを卒業した学士で、これもジャズの世界では珍しいことです。

それはともあれ、その音楽は今までにない魅力があり、日本から新しいジャズ分野が広がっていくのは間違いないと思いました。

Photo_2 「これに津軽三味線、琴、和太鼓が加わるといいだろうな」と思っていたら、津軽三味線を弾き、ディナーショーで歌う園長、水谷田賀子先生に会場でひょっこり出会いました。

「どうしたの?」と訊くと、青森県弘前市の若草幼稚園は人に譲り、浅草の徳風幼稚園の園長になったというのです。だから東京都の教研大会に参加していたわけですが、驚きました。

この水谷先生の転身ドラマは、『月刊・私立幼稚園』のコラム「人物アラカルト」に掲載します。

最後に余計な話をひとつ。奈須教授の講演で「小島よしお」という芸人の話が出ました。テレビのないわが家ゆえ、この人の顔を見たことはありませんが、父親の小島孝之氏はよく知っています。

北海道出身の政治家で、私が住む旧千葉1区から衆議院選挙に何度も出馬し、すべて落選した人です。旧民社党の公認候補でしたが、自民党、社会党、公明党、共産党までしか席がなかったのです。

畑正憲氏の理論によると、息子は社会の変化に適応して生き延びたと言えますが、小島孝之氏に子どもは何人いたのか気になるところでもあります。


幼児教育無償化検討会議と森上史朗と汐留駅

2008年7月18日(金)

★幼児教育無償化は教育原理と経済政策の両面で

文科省で開かれた「今後の幼児教育の振興方策に関する研究会」(第3回)の傍聴に行ってきました。

これは、幼児教育を無償化する際の、無償の範囲、対象、手順などを議論し、理論的に積み上げていく専門家会議で、メンバーは座長=無藤隆(白梅学園大学教授)、副座長=秋田喜代美(東京大学大学院教授)、委員=稲毛律夫(江戸川区子ども家庭部長)、岩立京子(東京学芸大学教授)、岩淵勝好(東北福祉大学教授)、大竹文雄(大阪大学教授)、柏女霊峰(淑徳大学教授)、佐藤津矢子(高知県教育委員会幼保支援課長)、森上史朗(子どもと保育総合研究所代表)の計9人です。

これだけ錚々たるメンバーが顔を揃えるのはなかなか難しく、3回目にして全員が揃いました。

Photo

嬉しかったのは幼児教育正統派代表の森上(もりうえ)先生(元日本女子大教授)に再会できたことでした。上の写真では一番右側です。

この先生には、旧全法幼時代、研修会の看板役者として随分お世話になりました。出張のカバン持ちもさせてもらいました。

001 左の写真は1980(昭55)年頃のシンポジウムのものです。

森上先生から聞いた言葉で印象に残っているのは、「片岡さん、苦しいことも続けているうちに楽しくなるよ。それが“苦楽しい”っていうんですよ」でした。

「でも、楽しいことも続けていると苦しくなるんです。これを“楽苦しい”と言うんです」とも教えてくれました。年とともに、どちらの言葉も深く納得しています。

高杉自子(よりこ)先生(元昭和女子大教授)と二人三脚で「子どもと保育総合研究所」を推進してきましたが、高杉先生亡き後も元気に第一線をリードしています。

この日の会議でも、各委員の発言に鋭い突っ込みを入れて軌道修正を図っていました。さすがの貫禄でした。

ところで、この会議を聞いていて感ずることは、無償化問題もやはり経済政策の形をつくらなければ、実現は難しいだろうということです。

「幼児教育は人間の成長にとって非常に大事なんです。欧米や韓国はそれがわかっているから、いち早く無償化を行ったのです」と教育学派の人達は言います。

しかし経済学派の人達は「それはわかっている。誰でもわかっている。でもそれだけでは国民の理解は得られない。無償化することで社会がどれだけ得をするか、日本経済にどれだけ貢献できるか、少子化問題をどう改善できるかを明確に示さなくては実現への原動力にはならない」と言います。それを言われると教育学派の人達もシュンとならざるを得ません。

かと言って、経済政策を優先させたのでは、これまた国民の反発を買ってしまうでしょう。森上流の両面論のように、両方の理論をうまく組みあげていくのが必要なんだと思います。

今後同会議は、教育の質、私学の存在、独自性など、核心の議論に発展していくと期待されますが、ともあれ幼児教育無償化への道筋が着々と踏み固められているのは間違いありません。

同会議の様子は幼稚園情報センターの「私幼ヘッドライン」でレポートします。

★汐留駅は熱中症と腹一杯の思い出

「午後は大雨」の予報が少し弱まって小降りになったので、虎ノ門から新橋まで歩いて、旧汐留駅に立ち寄ってみることにしました。昨日、川崎で思いがけず熱中症になってしまいましたが、私にとっての熱中症の思い出と言えば、汐留駅の貨物操車場だからです。

学生時代、北島三郎バンドの合間にいろいろなバイトをしましたが、肉体労働アルバイトで比較的長く続いたのが汐留の荷積み作業でした。

到着した列車から荷物を降ろすのは正規社員の人達です。そこには故郷の名産品や親心の小包がたくさんあるからです。

空になった貨車に、新聞、雑誌、書籍を積み込むのが学生の仕事でした。紙がこれほど重いものであることを骨身に染みて思い知ったものでした。

夏場は、貨車の中の温度が優に40度を超えていました。発車時間が決まっていますから、とにかく手を休めず、滝のように汗をかいて仕事を続けます。やがて1人、2人と倒れていきます。大声を出すと、社員が駆けつけ、担架に乗せて扇風機のある部屋に運んでいきました。

今思うと、あれが熱中症だったと思います。幸い私は一度も倒れませんでした。もう1人倒れなかったのが、山形県出身の先輩学生で、常に作業の第一線にいました。

「やっぱり北海道と山形の人間は強いな。ま、ほれ、一杯いけ」と、社員の人達から風呂上がりのビールをご馳走になったものでした。だから私は、暑さと汗に強いと思っていたのですが、川崎の暑さには負けました。

長続きしたのは、このバイトは、突然行っても、1ヶ月ぶりに行っても、いつでも大歓迎してくれたからです。しかも夕飯と朝飯が無料でたっぷり食べられて、大浴場で汗を流してから始発電車で帰ることができたのです。

Photo_2 大学を卒業した後も、「金に困ったらここに来ればいい」と思ったものです。しかし今は、金に困っても行くことができません。20年も前に汐留駅は廃止され、今はこんな高層ビル群になってしまったからです。

高層ビルのひとつ、シティセンターのふもとに昔の面影を偲ばせる記念館がありました。残念ながら汐留貨物操車場ではなく、さらにその前、汽笛一声新橋を♪のメロディで出発した旧新橋停車場です。

昔あったのと、まったく同じ位置に、同じ大きさ形で復元されました。中は無料の博物館と有料のビアホール「ライオン」になっていて、博物館のビデオで貨物駅当時の荷物の積み卸しの様子を見ることができました。

もしかして、自分もしくは知り合いの姿を発見できるのではないかと2度も観ましたが、発見できませんでした。

Photo_3 右の写真が復元された建物です。基礎と入口の階段は、当時のものをそのまま使っているそうです。

もちろん博物館の中はほかに誰もおらず、日テレ周辺の人混みがウソのようです。「もしかしたらこの建物は、私だけのために造られたのだろうか」と錯覚する思いでした。

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