学校評価協力者会議と旧文部省と築地カツカレー
2008年8月27日(水)
★「評価の時代」に幼稚園がどう対応するか
朝9時から文科省で「幼稚園における学校評価の推進に関する調査研究協力者会議(第9回/無藤隆座長=白梅学園大学教授)」が開かれ、その傍聴に出かけました。
この日の会議は、「幼児教育の改善・充実調査研究委託事業」として、今年度、「幼稚園における学校評価」をテーマに研究している4つの団体から途中経過を聞き、それについての質疑や意見提起を行いました。年度末の研究まとめに向けた方向調整といえるものです。
4つの団体は、①岐阜県本巣市(教委)、②奈良県大和郡山市(教委)、③福井県私立幼稚園協会(杉山法継会長)、④(社)新潟県私立幼稚園協会(前田邦光会長)。各団体から現在までの研究内容・課題、今後の計画などが報告されました。
格付け、ランキング、マル適マークが注目される現代は「評価の時代」とも言われますが、いざ幼稚園がその当事者になると、「誰が、何を、どう評価し、どう活用するか」という点で、まだ十分な共通理解が得られていないことが察せられます。
そのためこの日の会議も委員からは、「教師の力量ではなく、あくまで組織のマネジメントを評価するもの」「教師の関わり、子どもの育ちに重点をおくものではない」「難しく考えず、やるべきことができているかどうかの基本を問い直すもの」「現在の財政投資や補助金が生かされているかどうかも評価してほしい」「幼稚園は小さい組織なので、保護者アンケートなどより、面談やグループ討議で生の声を集約するようにしてほしい」などの意見が相次ぎました。
この評価。そもそも幼稚園にとっては、親が慎重に吟味検討し、自分なりに評価を下して園を選択しているので、「改めて評価する必要があるのだろうか?」「そのための負担が大きくなるのは辛い」などの思いが吹っ切れない点も多々あります。
それについて委員からは、「きちんとした診断を行うことで、私立幼稚園の経営努力、経営効率がより改善されるのです」と理解が求められました。
なお同協力者会議の次回会合は、4団体の研究がまとまる来年2月の開催が予定されています。
★古き良き文部省は記念館に
ところで文部科学省と言えば、地下鉄・虎ノ門駅前の重厚な建物を思い浮かべる人が多いと思いますが、2008年度からは、その古い建物の裏手に聳える高層ツインタワーの中にあります。
旧文部省の約3分の2を切り取り、隣接していた国立教育会館、虎ノ門ホール、会計検査院を取り壊して建てられた巨大なビルで、日本最初の高層ビル・霞ヶ関ビルも陰に隠れてしまいました。
嬉しいことは、3分の1になったとはいえ、道路に面した古い建物が残ったことです。さすが文化財の元締めだけのことはあると敬服です。
その昔、私が毎日のように通った玄関も残っています。何だか嬉しいものです。
1976(昭51)年、この玄関脇で全国私立幼稚園連盟の人達が、個人立、宗教法人立など102条園への補助金を求めて「座り込み」を行いました。
私は学校法人立の団体にいたのですが、生来の野次馬根性のため、「どうなっただろうか。今日は誰が座っているだろうか」と毎日眺めに行きました。
「座り込み」は5日間ほどで終わりましたが、そのときの波紋と顰蹙が私幼団体統合への流れをつくった一因とも思っています。
この旧文部省の3階に大臣、次官、官房長などのお偉方の部屋が並んでいたのですが、今はそこが記念館になっています。
写真が当時の大臣室です。内藤誉三郎氏、森喜朗氏、松永光氏が文部大臣をされているときに、何度か中に入れてもらい、このソファの末席に座らせてもらって感動したものです。今はそこに自由に入ることができるのです。
そのほか、この三階をぐるっと歩いて見ると、文部科学省が学校教育から芸術、文化、スポーツ、宗教、ロケットまで非常に幅広い分野をカバーしていることがわかります。
1950年代の給食、田村亮子選手が実際に着た柔道着なども展示してあり、しみじみと楽しめる空間でもあります。どうぞ幼稚園関係の皆さん、東京に出てきて時間のあるときは、ぜひ旧文部省の記念館(情報ひろば)を訪ねてみてください。無料です。
「東京に来ているんなら、一緒に昼飯を食べませんか。片岡さんの好きそうなものがあるんだ」と、前・全日私幼連事務局長の青木宏之氏(写真)から誘いがあり、いそいそと築地に向かいました。
「青木さんはどうしてるの?」とよく訊かれますが、彼は今、全日私幼PTA連事務局長に残った傍ら、朝日エル社とのコラボで「インファントピアプロジェクト」という組織を立ち上げ、幼児教育に関わるビッグイベントの準備に取り組んでいます。その活動拠点が築地にあるのです。
私の後輩ではありますが、不肖の先輩と違って壮大かつ堅実な新しい道を歩んでいますので、どうぞご安心ください。
彼が連れて行ってくれたところは、「銀座スイス」というカレー屋でした。それが何と、カツカレー発祥の店だったのです。
1948(昭23)年、この店の常連だったプロ野球巨人軍の千葉茂選手が、「カレーにトンカツをのせてくれ」と思いつきの注文をしたのが、メニューに載るきっかけになったそうです。
お言葉に甘え、850円のカツカレーを後輩におごってもらい
ました。カレーの中にニンジンやジャガイモは見あたらず、見あたるのは挽肉だけでしたが、芳醇濃厚な香りと味の美味しいカレーでした。
カレーの後は「ひよこ屋」という喫茶店で、一杯150円の本格コーヒーを飲みながら、ひとしきり世間話をして別れましたが、ふと頭の中で「おいおい、築地まで来て、本願寺に寄らずに帰るのかい。そりゃないだろう」という声が聞こえて聞こえてきました。
真宗本願寺派の先生方に叱られてはいけませんので、地下鉄に乗る前に訪ねました。そして「またいつか、あの美味しいカツカレーが食べられますように」と心を込めて合掌したのでした。
































