小平の赤、ジャクパの黒と白、久米川の寄り合い居酒屋
2009年2月2日(月)
★小平市には丸ポストが30本生きている
古い人間にとって、今も「郵便ポスト」と聞いて目に浮かぶのは赤い丸ポストである。ゆうちょ銀行の預金高がダントツに多いのは、新規口座や定期預金でもらえる丸ポスト貯金箱が貢献していることは間違いない。
街角からすっかり姿を消したと思われているが、私は出会う機会が多い。撤去された丸ポストが幼稚園に寄贈されたケースが多いからだ。幼稚園の子ども達は毎日ポストを見ているので、これがきっと郷愁刷り込み効果を生み、ゆうちょ銀行のファンになっていくことだろう。
しかし幼稚園のポストを「ゆうびんごっこ」に使うことはできない。ポストとして使えないよう口とお腹を塞がれた上で寄贈されるからだ。
左の写真は千葉県船橋市・健伸幼稚園の門脇にあるポスト。通りから少し奥まったところにあるのだが、本物と間違える人が多いようで、「これは幼稚園のモニュメントです。郵便物を投函することはできません」という注意書きが喉元に貼られている。
ついでに隣に立っているバイキンマンは不肖編集長で、北海道の室蘭幼稚園、洞爺湖幼稚園の先生方が同園を見学に訪れたとき、ポストと一緒に門前で迎えたときの姿である。こうして立っていたおかげで、健伸幼稚園の親子も、この日北海道からお客様があることを知ったわけだが、「バイキンマンだ!」と言って私に近寄ろうとする子どもをしっかり抱き寄せ、上目遣いにできるだけ遠くを通っていったお母さんの表情が今も印象に残る。
人気の丸ポストが、愛想もクソもない角ポストに取って代わられた理由は、角2、角3などの大型郵便物が入れにくい、受け袋がないので回収に時間がかかるということだ。「口と腹を広げる改良工事で対処できただろう」と思うが、今さらぼやいても、もはや取り返しのつかない状況になっている。
そこで角ポストにも愛敬を持たせようと、最近は駅前や目抜き通りのポストにマスコットを載せるケースがある。右のポストはJR水沢駅前(岩手県奥州市)にあるもの。同市には水沢ベラ観測所という世界最大級の天文台があり、その巨大電波望遠鏡がマスコットになっている。
もうひとつ左の写真は富山駅前のポスト。言わずと知れた越中富山の薬売り氏である。こんなポストがもっと増えたら、それはそれで楽しいかなと、日本郵政グループの頑張りに期待したい。
そんな中、昔の丸ポストが現役を続けている地域もけっこうある。関東で有名なのは東京都小平市。市内に30本が残っていて、今や「丸ポストのある街」として観光マップまで作っているからしたたかである。
数で一番多く残っているのは兵庫県姫路市の34本だが、人口比で見ると姫路は約15,800人に1本、小平は6,230人に1本で小平市の方が圧倒的に優位だ。しかし人口比だと19本の兵庫県芦屋市が4,920人に1本なので「芦屋市が日本一」ということになる。小平の丸ポストはちょっと寂しい。
野暮用があって、その小平市を訪ねた。5年ぶりのことで西武新宿線の駅舎は新しくなり、駅前景観もすっかりモダンになっていた。「さては本屋も消えたか」と思ったが、駅前の1軒は消えていたものの、駅前商店街の村野書店は生き残り、その脇に立つ丸ポストも無事だった。路面にしゃしゃり出ず、書店に隠れて立っているので、駅方向から歩いてくると、その存在がまったく見えないという悲しいポストである。「本屋もポストも末永く無事でいてほしい」と合掌した。
「本当に現役かどうか確認する必要もある」と、向かいの陰から張り込みをすることにした。「このまま誰も来なかったらどうしよう」かと思ったが、15分ほど後、若い男が1人、手紙を投函してくれた。
ただ妙にキョロキョロしながら、しばし表書きを見つめてから投函したので、何か事件性を感じ、警察官をしていた父親がよく口にしていた「小平事件」という言葉が頭に浮かんだ。ちなみに1940年代、戦中・戦後のドサクサに発生したこの連続女性殺人事件(10人以上の女性を陵辱殺害したという)は小平市とは何の関係もなく、小平義雄というイケメン異常者が行った犯罪である。
★ビルの壁から大樹そびえる
この丸ポストの筋向かいに変わった建物がある。幼稚園に体育講師や英語講師を派遣する(株)ジャクパ(五十嵐勝雄社長)の本社ビルである。
何が変わっているかといえば、左写真のようにビルの一画に樹が生えていることである。ヤマモモの木で、6年前の新築時より倍くらい大きくなったようだ。遠くからでもよく見える。屋上緑化なら違和感はないが、建物の側面から生えていることが妙な倒錯感を生むのである。
何かと世話になっている会社である。ここまで来て、ポストを眺めただけで帰ったのでは失礼かと思い、訪ねてみることにした。
さすが体育の会社だけあって、ビルの中には3階まで吹き抜けるアリーナ(体育館)があり、ロンドンあるいは東京五輪をめざす子ども達が鉄棒や吊り輪の英才トレーニングを行っていた。その緊迫感に思わず腰を屈めて階段を上がった。
あいにく五十嵐社長はいなかったが、ジャクパを支える黒と白がいた。黒羽昭専務(左)と白瀧博彦常務である。二人ともその昔はオリンピックをめざすアスリートだった。
「面白い、シロクロつけようじゃないか」と役員会で論戦することも、時にはあるかも知れないが、ふだんは眼をシロクロさせて共に助け合っている黒白コンビである。
しばし雑談の後、「せっかくの機会だ。小杉さんを誘って久米川駅前の焼き鳥屋に行きましょう」と話が発展した。小杉重雄さんとは、元・東京都私立幼稚園連合会事務局長で今はジャクパ社の監査役。私にとっては法大の先輩であり、10年余り前、25着のピエールカルダンスーツを下げ渡してくれた恩人である。
左写真で裏ピースをしているのが小杉さん。黒羽さん、白瀧さんはほとんど酒を飲まず、最初の一杯で最後まで時間つなぎができる経済派だが、喜寿を超えた小杉さんは次々とお銚子を空にし、その豪快ぶりは健在だった。
ところで、この「むらやま」という久米川駅前の居酒屋は不思議な店である。開店の17時前には長蛇の列ができ、開店と同時に満席になる。それも奥から埋まるのではなく、外気の出入りが激しい入口付近から埋まっていく。何か早く来た人にサービスがあるわけでもない。
「安くて旨い、ただそれだけじゃないですか」と常連の黒羽さんは言うが、じっと観察しているとそれだけではないようだ。暖簾をあげて店内を見回した人が、「お、やっぱり居たか」と仲間を見つけて嬉しそうにテーブルに着く場面が何度もあった。母親と男の子がウーロン茶で焼き鳥をつまんでいるテーブルに、まずお姉ちゃんが駆けつけ、やがてお父さんも帰ってきて乾杯する図もあった。どうやらこの店はグループやファミリーの駅前常設寄り合い処として利用されているようである。
だから開店前から列を作って、わかりやすい場所に拠点を構えることに必死になるのだろう。さすが、志村けん氏を生んだ東村山市は一風変わった文化を持っているようだ。











































































































































































































































































































































