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北の湖と栃錦と隠岐島古典相撲

2008年9月9日(火)

002 一連の日本相撲協会の問題について、北海道出身の一人として謹んでお詫びいたします。北の湖前理事長(左)が洞爺湖に近い壮瞥町出身、そしてリンチ殺人事件を起こしたPhoto 前時津風親方(元双津竜=右)が室蘭市出身だからです。

現役力士に北海道出身者がたくさんいるならまだしも、今、道産子関取はゼロです。そんな状況の中で、北海道出身の親方二人が日本の大相撲をダメにしてしまった罪と汚名は北海道出身者として負わなくてはいけません。

いろいろな人の意見を聞くと、みずからリンチに手を下した双津竜は論外としても、大麻問題を起こした白露山について師匠の責任を問われるのはどうだろうか?という声も聞かれます。

たしかに26歳の立派な大人が起こした事件ですから、師弟関係あるいは親子関係のようなものとしても、親方がその責任をとる必要はないかも知れません。

以前、プロ野球の横浜球団で一軍投手がロリコンわいせつ事件で逮捕服役したことがありましたが、このとき監督の監督責任は何も問われませんでした。

しかし私は、北の湖前理事長については宮城野親方(元金親)の八百長事件の責任がきわめて重く、ようやくそのとどめを刺したのが大麻事件だと思います。

三保ヶ関部屋にいた金親は、同部屋の先輩・北の湖の付け人、内弟子としてずっと一緒に暮らしていた間柄です。先々代宮城野親方(元廣川)の次女と金親を結婚させ、先代親方(元竹葉山=現熊ヶ谷親方)の追い出しを仕組んだのは北の湖理事長だったと聞きます。

たとえその政略結婚が事実と少し違うとしても、愛弟子と協会顧問弁護士が起こした愛人告白八百長事件なのですから、理事長として即刻辞任するのが当然でした。

Photo_2 あそこで潔く身を引いていれば、いずれ故郷北海道に彼の銅像が建つこともあるだろうと思っていたら、何と今年の6月末、洞爺湖サミットの直前に、有珠山をバックに大急ぎで銅像(左)が建ったというのです。

「恥を知れ!」というめったに使わない言葉がありますが、この人に対しては堂々と使って構わないと思います。

あるいはこの銅像ができたが故に、理事長職に恋々とし、理事の椅子を死守したのかも知れません。彼のおかげで、北海道人はこの先50年は恥ずかしい思いをしなければいけません。

「北海道出身です」と言うたびに、「え、じゃあ北の湖と同じですね」という言葉を甘んじて受けなければいけません。辛いです。

吉葉山、名寄岩、安念山、千代の山、大鵬、明武谷、北の洋、北の富士、千代の富士、北勝海……らが連綿と築いてきた北海道人の相撲プライドを、この銅像がぶち壊したと言っても過言ではありません。

001 横綱の銅像といえば、JR小岩駅の改札口前にある栃錦像(右)が私は好きです。キップを買って改札口に向かう人々に、オデキだらけのお尻を向けていますが、この銅像の方がよっぽど人間的魅力を感じます。

栃錦はやがて春日野親方となり、協会の第5代理事長となって(北の湖は第9代)、14年間の長きにわたってその職を務めました。そしてお金をせっせとためて現在の両国国技館を建てたのです。

その意味では、現在の大相撲拝金主義の基礎をつくった人かも知れませんが、まさかここまで腐敗するとは思わなかったことでしょう。

002_2 先日、相撲の小説を読みました。やはり相撲が盛んな青森県出身の作家・川上健一氏が書いた「渾身」という作品です(集英社刊/1600円+税)。

舞台は島根県・隠岐島で20年に1度行われる古典大相撲。28歳と30歳の若者が、家族、一族、部落の名誉と祈りを受けて、正大関同士の死闘の一番を繰りひろげるのです。(注:正式の相撲では横綱は名誉番付で現役の最高位は大関)

その一番を描くのに250頁も要しているのですが、一気に読んでしまいました。そして日本の相撲とは、神とご先祖様に命と魂を捧げて闘う究極の儀式であることを知りました。

それゆえ、私が北の湖を恥じるように、力士の不名誉は地域の不名誉として末代まで語り継がれるのです。

これまで私は、大相撲に外国人が参入してくることを容認していました。しかしそれは間違いであったと反省しました。

外国人を排斥するものではありませんが、ラフカディオ・ハーンやルース・ベネディクトらのように、日本人以上に日本人の心を知った人でないと日本の相撲をとるのは無理だと思ったのでした。

北の湖は、残念ながら日本人の心を持った力士ではなかったと言わざるを得ません。新しい武蔵川理事長(元三重ノ海)には隠岐島古典相撲から再出発してほしいと願うばかりです。