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幼稚園と保育園

2013年10月1日

2012年夏、東京都私幼連の研究大会で経営対策分科会の助言者を仰せつかった。その折、最前列の女性園長から「幼稚園と保育園の本質的違いは何でしょうか?」と質問された。各地の幼稚園見聞記や経営手法を話していた私には大きなテーマである。ドキッとして一瞬ことばに詰まったが私はこう返答した。

「理想と現実の関係だと思います。幼稚園が理想で保育園が現実です。子どもは生まれてから幼稚園に入るまでは母親や家族と過ごし、幼稚園に行ったらお昼過ぎまで友達と遊び、家に帰ったらお母さんとゆっくり過ごす。それが子どもの楽園であり理想の生活です。

しかし世の中には、母親が働かなければならない現実を抱えた家庭もあります。その現実への対処を手助けし、理想に反するものの、母と子に少しでも平和な時間を与えようとするのが保育園だと私は考えています」と。

本当はもっと「理想と現実は人間社会の常で適正なバランスが大事。どちらかが消滅したり偏っては社会が歪む。子ども達にはできるだけ理想に満ちた環境を提供してあげたい。現実の救済は必要最小限でいい。だから幼稚園は石にかじりついても経営を頑張ってほしい」と言いたかったのだが、時間と心の余裕が足りなかった。

この質問が気になって、その後、両者の違いをもっと仔細に見ていこうと心がけた。いわゆる幼稚園原理主義者の譲れない部分は「0~2歳の子どもは母親の手もとで育つのが一番良い。親にも子にも最善の利益を与える。それができる制度、環境を整えることが社会・国家の務めである」というもの。家庭教育を守ろうとの論である。

一方、保育園原理主義者が主張する点は「子育て能力を失った母親に0~2歳の子を任せるのは危険。その後の成長に問題を残す。だから0~2歳の子どもはすべて保育園で預かり、3歳になったら保育園か幼稚園を選択できるようにすればいい」となる。すでに家庭教育は崩壊しているとの論である。

どちらも「それができなければ子ども本人の将来、日本の未来に弊害を生む」と警鐘を鳴らし、一歩も引かない。この0~2歳の子どもと親に対する考え方の違いこそ、幼稚園魂と保育所魂の違いだと思う。この先、お互いが認定こども園になっても、その魂が消滅したり融合することはないだろうとも思う。

ドロドロの現実に直面し、そこから子どもを救いたいと願う保育園関係者の言い分はわかる。しかし多少無理をしても子どもと向き合い、子育ての苦労と喜びを大事にしている親がたくさんいる。その懸命な頑張りの方こそ社会・国家は応援すべきだと思う。日本の家庭教育はまだまだ健全なのだから。

20年前まで日本の子ども達は、65%が幼稚園に通っていた。それが今は55%になり、さらに減っていくだろうと予想されている。保育所の風だ。現実が幅を利かせる世知辛い時代とはいえ、子どもの世界までそんなことになっては余りに悲しい。幼稚園経営者は、認定こども園になっても理想の魂を守り続けてほしい。

居酒屋でこんな話を口にすると、インテリ官僚やエリート企業人は「古ぼけた考えだ」と鼻で笑う。その顔にビールをぶっかけたくなる。彼らの理想と現実は違う地平にあるのかも知れないが、子どもと親の本質に別の地平などあるはずがない。しかし、そのインテリとエリートが社会をコントロールしている。彼らにひと泡吹かせるには幼稚園と親が踏ん張るしかない。

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