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永井荷風と京成八幡のカツ丼

2013年4月1日

私の好きなラジオ番組に、NHK第二「朗読の時間」(月~金9:45~10:00、再放送は土22:25~23:40)がある。ベテランの俳優や声優が文学作品を読むのである。3月前半は永井荷風(写真)の「アメリカ物語」だった。

01荷風は文化勲章を受けた大文豪であるが、私は「墨東綺譚」「四畳半襖の下張」という発禁騒ぎの風俗小説しか読んだことがなく、文豪イメージは乏しかった。しかしラジオを聞いて「この人は面白い」と興味・共感がわいた。改めて荷風の作品を読んでみようと思い、図書館で「荷風全集」を探した。

その時ふと「永井荷風ひとり暮らしの贅沢」(新潮社)という本を見つけた。荷風は35歳の1915年から79歳で亡くなる1959年までの44年間、知人宅に身を寄せた戦後の一時期を除き、一人で暮らした。1946年から千葉県市川市に住んで浅草通いをしていたが、その頃の生活ぶり、散歩の風景などを記した本だった。

荷風の家は今も京成八幡駅から200メートルほどのところにある。京成八幡、JR本八幡の駅周辺は私にとって馴染みの街である。師匠・由田浩先生(故人)の富貴島幼稚園があり、もう一人の師匠・柴田夫先生(船橋市・健伸幼稚園)が育った土地であるからだ。しかし荷風のことは、二人の師匠から聞いたことがなかった。

そこで春分の日、本を片手に荷風が暮らした街並みを歩いてみた。見慣れた風景なのに、荷風が散歩した街だと思うと、にわかに文学浪漫が漂う雰囲気が出てくるから不思議なものである。

130320八幡小学校沿いの道が「荷風ノ散歩道」と呼ばれている。だが彼の散歩エリアは広大で、下総中山法華経寺、行徳橋、真間山弘法寺、手児奈霊堂あたりまで歩いていたという。私も、気がつくと5時間も歩いていて、電車で帰ってくることが時々ある。どこまでも歩き続けたい気持ちは何となくわかる気がする。

京成八幡駅前に「大黒屋」という老舗料亭がある。荷風はここのカツ丼が好きで、ほぼ毎日食べていたという。並カツ丼に熱燗一合と上新香を添えるのが常で、同じ席で同じ時間に同じものを食べた。亡くなる前日(4月29日)も食べたことが「断腸亭日記」に書かれている。

当時、荷風に酌をしたという女将は今も元気で、「大昔、22歳の頃の話よ」と手を振り、大相撲中継に見入っていた。

没後54年の今も、この定番は「荷風セット(1260円)」として大黒屋の看板メニューになっている。最後のカツ丼を食べ終えて自宅に帰った荷風は、日記をつけ、布団に入ってから亡くなったようだ。翌朝やってきた通いの家政婦さんに発見された。いい死に方である。

そんな最期にあやかりたいと私も荷風セットを食べた。美味しかった。日本酒一本では足りず、中生ジョッキも奮発した。「荷風セット・スペシャル」である。1947年、荷風は山形県の読者が送ってくれた吊し柿(ころ柿)で前歯を二本失っていたが、「あ、このカツ丼なら前歯がなくても食べられる」と思った。

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▲これが中生ジョッキをプラスした「荷風セット・スペシャル」。


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