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甲子園物語

2012年8月29日

今年も8月9~11日、甲子園に行ってきました。「誕生日(8月10日)を甲子園で迎える」という一人イベントを断続的に始めたのが昭和女子大在職中の1990年。毎年来るのはままならず、実現したのは今年でちょうど10回目。62歳の誕生日は薄曇りのバックネット裏でした。

ネット裏から内野席に張り出す銀傘下が中央特別自由席(1600円)。以前はネットの真裏、NHKテレビ中継席の脇に陣取ったものですが、今は報道関係者に占拠されて入れません。一度『月刊・私立幼稚園』のプレスバッチを付けて入ってみようかと思うのですが、勇気が出ません。

そこで私の定席は、少し一塁側に寄って、バックネットの端と選手ベンチの間の後方、2段目通路から上に5列目と決めています。スクイズ気配のとき三塁走者の様子がよく見える位置です。何より、朝から夕方まで決して日差しが入ってこない席なのです。

「甲子園は暑いんでしょ」とよく聞かれます。ところが浜風が一日中吹き渡るので、銀傘の下は、大げさでなく涼しいくらいです。日差しを浴びるアルプス応援席、外野席も「それほど暑くない」と経験者は言います。でも私は外野席観戦の勇気は出ません。

12081001_2 いつもは一人無言で4試合、約10時間を過ごしますが、今年は連れがいました。幼稚園専門プロカメラマン・河口正馬氏(58=写真)です。甲子園初体験の彼、カンカン照りの外野席に座ると思ったらしく、日本手ぬぐいの頬かむりに麦わら帽子の重装備。涼しさに拍子抜けのようでした。

本当はもう一人連れがいる予定でした。東京都・御苑学園幼児ルームの仲田安津子園長(81)です。「甲子園が大好き。死ぬまでに一度見たい。連れてって」と頼まれ引き受けましたが、どこまでいっても男と女、妙な噂が立ってもいけないと正馬氏に同行をお願いしたのでした。

11082402_2 しかし仲田先生、その後予定が立て込み、卒園児キャンプと日程がつながってしまったこともあり、「この日程では体が持たない。今回は断念します」との電話が、キャンプ宿舎の洗濯場から前夜にありました。負けず嫌いの頑張り屋なのでさぞかし悔しかったことでしょう。(写真は右が仲田先生。左は小生)

50代前半までは、仕事のあと9日の夜行バスに乗り込み、10日は甲子園の4試合と梅田でビール。そして夜行バスで11日に朝帰り。そのまま仕事に復帰という強行軍をしていました。何とか持ちこたえましたが、若かったからなのでしょう。しめて往復1万円の旅でした。

今は「青春18キップ」。9日は夜明けからJR普通列車を乗り継いで15時頃に天満橋か尼崎のホテルに入ります。10日はたっぷり甲子園。11日は午前中2試合を見てから千葉の自宅に深夜帰着。交通費は往復4500円。でもホテル代が2泊で1万円かかるので贅沢になりました。仲田先生がもし同行してくれれば「青春81キップ」の洒落ができたのですが、これがちょっと残念でした。

今回は帰路の11日、名古屋と浜松の豪雨で列車がベタ遅れ、やむなく臨時夜行普通列車「ムーンライトながら」を利用しました。夜行も浜松到着が2時間半遅れたのですが、東京には30分遅れの朝5時半に着きました。昔の特急車両とはいえ新幹線並のスピードで走る普通列車はスリル満点でした。

私は八戸が好きです。我が子二人が卒園した幼稚園と同じ名前の千葉幼稚園(千葉多香子園長)があるからです。いちご煮も煎餅汁も大好きです。でも八戸市の青森光星学院は三度目の決勝戦も大阪桐蔭に負けました。どこか虚ろな2012年の甲子園でした。


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