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2012年総選挙について

2012年12月20日

12月16日の総選挙で日本の政治状況はまた激変しました。「米国や英国のように二大政党が拮抗する状態で政権交代が行われればいいのに」と思うのですが、そうならないのが日本人の国民性と小選挙区制の宿命なのでしょう。報道機関の事前予想も問題です。

かつて中選挙区の時代は、「この人が優勢、トップ当選の勢い」などと新聞が書くと、「じゃ私は同じ党の二番手に入れよう」と動いて順位変動がありました。どっちにしても上位4人か5人が受かるのですから、「死に票」になる確率は低かったのです。

しかし小選挙区だと優勢の人に入れないと死に票になる確率が高まります。投票所まで足を運ぶのですから死に票にしたくないと思うのは人情です。優勢の人に入れるか、でなければ「投票に行くのをやめる」となります。戦後最低投票率の所以です。

001 自民党は圧勝に奢らず、国民感覚に沿い、マスメディアとも良好関係を保って、次の選挙での負け幅を小さくして二大政党制をめざしてほしいものです。国民感覚といえば、小泉純一郎元首相(写真)は国民感覚にマッチした政治家だったと改めて思います。

今回の選挙期間中、小泉さんは応援演説の要請をすべて固辞したそうですが、1回だけ、義理ある人に懇請されて腰を上げました。恩師・福田赳夫元首相の娘さんに頼まれた東京6区です。でも例のライオン節はなく、「もう僕の出る幕じゃないですから」とサラッと引き上げたそうです。(※娘さんの息子=越智隆雄氏は小宮山洋子氏を破って当選)

それとは逆に、唖然とした光景がありました。12月4日、私の地元、千葉2区の自民党新人候補の出陣式に出かけた時です。最初の挨拶が、2度落選して12年前に引退した元代議士でした。この人が10分余りも、かつての口調で自分の昔話、自慢話を語ったのです。会場一杯に集まった人たちの熱気が音を立てて冷めました。

この威張りん坊のおかげで、わが選挙区の人たちの気持ちが自民党から離れていったことを、本人も陣営幹部も気づいていないことに呆れました。野田さんが「しがらみに縛られた古い政治体質に戻るんですか?」と言っていたのはこのことか、と思ったものです。

その点、小泉さんは2005年総選挙で大勝した後、1年足らずで首相を辞め、選挙地盤も次男に譲りました。多くの国民がびっくりしましたが、小泉さんの感覚では「ひとりの人間がこれ以上長くやるのは良くない」と思ったのでしょう。素直に国民感覚を先取りした人だったと言えます。

問題は「消費税引き上げができなかったら議員辞職するつもりだった」と言った野田佳彦元首相(写真)です。千葉県初の首相として敬愛する立場としては、針のムシロの国政から潔く引退してほしいと願います。そして来年3月の千葉県知事選挙に森田健作氏の対抗馬で出てもらいたいです。

そしてまた5年か10年したら、維新の会に対抗する千葉県発の正統保守政党の代表としてカムバックしてもらいたいと思います。55歳はまだ若い。決して荒唐無稽な話ではありません。野田さんが理想とする『三丁目の夕日』のほのぼの人間社会を、日本中に取り戻してもらいたいものです。

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▲写真:市川市私立幼稚園協会の園長会で、千葉5区の薗浦健太郎氏(左)、千葉6区の渡辺博道氏(右)と出会いました。二人とも小選挙区で議席復活を果たしました。渡辺氏は私と同じ1950年8月生まれです。(2012.12.5市川市で撮影)


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