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幼児教育無償化検討会議と森上史朗と汐留駅

2008年7月18日(金)

★幼児教育無償化は教育原理と経済政策の両面で

文科省で開かれた「今後の幼児教育の振興方策に関する研究会」(第3回)の傍聴に行ってきました。

これは、幼児教育を無償化する際の、無償の範囲、対象、手順などを議論し、理論的に積み上げていく専門家会議で、メンバーは座長=無藤隆(白梅学園大学教授)、副座長=秋田喜代美(東京大学大学院教授)、委員=稲毛律夫(江戸川区子ども家庭部長)、岩立京子(東京学芸大学教授)、岩淵勝好(東北福祉大学教授)、大竹文雄(大阪大学教授)、柏女霊峰(淑徳大学教授)、佐藤津矢子(高知県教育委員会幼保支援課長)、森上史朗(子どもと保育総合研究所代表)の計9人です。

これだけ錚々たるメンバーが顔を揃えるのはなかなか難しく、3回目にして全員が揃いました。

Photo

嬉しかったのは幼児教育正統派代表の森上(もりうえ)先生(元日本女子大教授)に再会できたことでした。上の写真では一番右側です。

この先生には、旧全法幼時代、研修会の看板役者として随分お世話になりました。出張のカバン持ちもさせてもらいました。

001 左の写真は1980(昭55)年頃のシンポジウムのものです。

森上先生から聞いた言葉で印象に残っているのは、「片岡さん、苦しいことも続けているうちに楽しくなるよ。それが“苦楽しい”っていうんですよ」でした。

「でも、楽しいことも続けていると苦しくなるんです。これを“楽苦しい”と言うんです」とも教えてくれました。年とともに、どちらの言葉も深く納得しています。

高杉自子(よりこ)先生(元昭和女子大教授)と二人三脚で「子どもと保育総合研究所」を推進してきましたが、高杉先生亡き後も元気に第一線をリードしています。

この日の会議でも、各委員の発言に鋭い突っ込みを入れて軌道修正を図っていました。さすがの貫禄でした。

ところで、この会議を聞いていて感ずることは、無償化問題もやはり経済政策の形をつくらなければ、実現は難しいだろうということです。

「幼児教育は人間の成長にとって非常に大事なんです。欧米や韓国はそれがわかっているから、いち早く無償化を行ったのです」と教育学派の人達は言います。

しかし経済学派の人達は「それはわかっている。誰でもわかっている。でもそれだけでは国民の理解は得られない。無償化することで社会がどれだけ得をするか、日本経済にどれだけ貢献できるか、少子化問題をどう改善できるかを明確に示さなくては実現への原動力にはならない」と言います。それを言われると教育学派の人達もシュンとならざるを得ません。

かと言って、経済政策を優先させたのでは、これまた国民の反発を買ってしまうでしょう。森上流の両面論のように、両方の理論をうまく組みあげていくのが必要なんだと思います。

今後同会議は、教育の質、私学の存在、独自性など、核心の議論に発展していくと期待されますが、ともあれ幼児教育無償化への道筋が着々と踏み固められているのは間違いありません。

同会議の様子は幼稚園情報センターの「私幼ヘッドライン」でレポートします。

★汐留駅は熱中症と腹一杯の思い出

「午後は大雨」の予報が少し弱まって小降りになったので、虎ノ門から新橋まで歩いて、旧汐留駅に立ち寄ってみることにしました。昨日、川崎で思いがけず熱中症になってしまいましたが、私にとっての熱中症の思い出と言えば、汐留駅の貨物操車場だからです。

学生時代、北島三郎バンドの合間にいろいろなバイトをしましたが、肉体労働アルバイトで比較的長く続いたのが汐留の荷積み作業でした。

到着した列車から荷物を降ろすのは正規社員の人達です。そこには故郷の名産品や親心の小包がたくさんあるからです。

空になった貨車に、新聞、雑誌、書籍を積み込むのが学生の仕事でした。紙がこれほど重いものであることを骨身に染みて思い知ったものでした。

夏場は、貨車の中の温度が優に40度を超えていました。発車時間が決まっていますから、とにかく手を休めず、滝のように汗をかいて仕事を続けます。やがて1人、2人と倒れていきます。大声を出すと、社員が駆けつけ、担架に乗せて扇風機のある部屋に運んでいきました。

今思うと、あれが熱中症だったと思います。幸い私は一度も倒れませんでした。もう1人倒れなかったのが、山形県出身の先輩学生で、常に作業の第一線にいました。

「やっぱり北海道と山形の人間は強いな。ま、ほれ、一杯いけ」と、社員の人達から風呂上がりのビールをご馳走になったものでした。だから私は、暑さと汗に強いと思っていたのですが、川崎の暑さには負けました。

長続きしたのは、このバイトは、突然行っても、1ヶ月ぶりに行っても、いつでも大歓迎してくれたからです。しかも夕飯と朝飯が無料でたっぷり食べられて、大浴場で汗を流してから始発電車で帰ることができたのです。

Photo_2 大学を卒業した後も、「金に困ったらここに来ればいい」と思ったものです。しかし今は、金に困っても行くことができません。20年も前に汐留駅は廃止され、今はこんな高層ビル群になってしまったからです。

高層ビルのひとつ、シティセンターのふもとに昔の面影を偲ばせる記念館がありました。残念ながら汐留貨物操車場ではなく、さらにその前、汽笛一声新橋を♪のメロディで出発した旧新橋停車場です。

昔あったのと、まったく同じ位置に、同じ大きさ形で復元されました。中は無料の博物館と有料のビアホール「ライオン」になっていて、博物館のビデオで貨物駅当時の荷物の積み卸しの様子を見ることができました。

もしかして、自分もしくは知り合いの姿を発見できるのではないかと2度も観ましたが、発見できませんでした。

Photo_3 右の写真が復元された建物です。基礎と入口の階段は、当時のものをそのまま使っているそうです。

もちろん博物館の中はほかに誰もおらず、日テレ周辺の人混みがウソのようです。「もしかしたらこの建物は、私だけのために造られたのだろうか」と錯覚する思いでした。

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